第2話 電車にて再会

次の日の朝、目覚ましで目を覚ま……さない。


「ねむぅ……こりゃ、遅刻していいから二度寝だな」


「もう! お兄ちゃん! 早く起きて!」


気持ちよく二度寝しようとする俺を、妹の美憂が邪魔をしてくる。

中学二年生になり、ますますしっかりしてきた自慢の妹だ。

ただし、少々口うるさくなってきたのはネックである。


「妹よ、兄は二度寝をしてるのだよ」


「寝ている人は答えられませんよー」


「これは寝言である、キリッ」


「キリッ、じゃないよ! ほら〜、早く起きて〜」


「わ、わかったから揺らすな」


仕方がないので、何とか布団から抜け出す。

このままでは、遅刻してしまうのは確かだ。


「それじゃあ、歯ブラシして顔を洗ってきてね。先に下に行ってご飯を用意しとくから」


「へいへい、わかったよ」


タタタッと警戒な足取りで、美憂が階段を下りていく。

俺も後を追い、一階の洗面所に入る。

歯ブラシとトイレを終えたら、リビングに向かう。


「おっ、優馬、起きたのか」


「じいちゃん、おはよう」


「ああ、おはよう」


じいちゃんに挨拶をしつつ、三人分の茶碗にご飯をよそい、あとはキッチンにある食器をテーブルに持っていく。

これが、俺の朝の仕事の一つだ。

料理はできないことはないが和食は範囲外だし、妹が作りたいというので任せている。

用意ができたら、三人で朝ごはんとなる。


「いただきます」


「「いただきます」」


いつも通り、じいちゃんの声で食事が始まる。

ちなみに、我が家のルールは食事中にテレビは見ないことだ。

なるべく、会話するようにということで。


「うん、だいぶ上手くなったな」


「ほんと? それなら良かった……まだお母さんみたいに上手くできないけど」


「それは仕方ないさ。作ってくれるだけありがたいし」


「そうだよ、美憂。おじいちゃんも、優馬も助かってる」


「えへへ……」


じいちゃんに撫でられて、美憂が嬉しそうに笑う。

それだけで、こちらも嬉しくなってくる。

良かった、じいちゃんにきてもらえて。

親父が死んだ上に、母さんが今、頼れる大人はじいちゃんだけだ。


「ふぅ……ご馳走さま。んじゃ、俺は先に行ってくるわ。今日もバイトで遅くなるから、先に食べてて良いからな」


「はーい、いってらっしゃい〜!」


「優馬、あんまり無理はするんじゃないぞ? わかってると思うが、身体が資本だからな」


「じいちゃん、わかってるよ。それじゃ、遅刻はしたくないんで行ってくる」


二人にいってらっしゃいと見送られ、俺は自転車乗って駅に向かう。

何とかいつもの時間に着き、どうにか電車に乗り込む。

幸い、うちの学校は田舎の方に向かうので席は空いていた。


「ふぅ……間に合った」


「おっ、優馬じゃん」


「…………」


「おい? 無視とはひどくね?」


「俺には、チャラチャラした陽キャの知り合いはいねぇ」


「おいおい、親友に対してそりゃなくね?」


勝手に隣に座り、許可なく俺の肩を組む。

サラサラの髪にアイドルのような爽やかな容姿。

身長は百七十五センチの俺より少し低いが、細身でスタイルがいい。

ただ中身はちゃらんぽらんな男で……確かに親友と呼べる人間ではある。


「あきと、学校では話しかけない約束だったが?」


「大丈夫だろ、ここら辺にはまだ生徒はいないしセーフ」


「まあ、それはそうだが……手短にしろ」


ここで時間を喰う方がもったいない。

時間が経つと、同じ学校の生徒が合流してきてしまう。

そのために、わざわざ遠くの学校を選んだというのに。


「わかってるよ。いや、二年生になったけどどうかと思って」


「別に普通だよ。今まで通り、基本的には地味な生活を送ってる」


「かぁー、相変わらずかよ。まあ、お前の気持ちもわかるが……一度の高校生活、楽しまないと損だぜ? すぐに進学の話とかあるし」


「余計なお世話だ。お前の方こそ、遊んでないでしっかりしたらどうだ?」


「うげぇ、藪蛇だったぜ。まあ、言いたいことはそんだけさ」


そう言い、席を立とうとする。

俺は迷ったが、こいつがいい奴だっていうのはわかってる。

無茶な要求をした俺を、未だに友達だと言ってくれるのだから。


「和也……ありがとな」


「……へへっ、いいってことよ。お前の気持ちもわかるし。んじゃ、また地元で遊びにでも行こうぜ」


「ああ、それならいい」


そして、タイミングよく電車が止まり、同じ学校の生徒達もぼちぼち入ってくる。

和也はそいつらと楽しそうに話し、俺から離れていく。

……少し寂しい気もするが、これは俺が選んだことだ。


「昨日も遅かったし、着くまで昼寝しておくか……」



……ん? 何やら騒がしい?


それに、何か良い香りがする。


「ねえ、あれって聖女様じゃ?」


「どうして、あんな冴えない男話しかけているんだろ?」


嫌な予感がして眼を開けると、目の前に聖女様……もとい、裏の顔を持つ清水綾がいた。

どうやら、俺が座っている前に立っているようだ。

混乱する頭を抑え込み、どうにか平静を装う。


「……なんでしょうか?」


「もう、逢沢君ったら。もうすぐ、降りる駅に着きますよ? 」


「それはどうもです」


いかん、俺……笑いを堪えろ。

可愛らしい声と、ぶりっ子ともとれる首をかしげる仕草。

これまでだったら完璧な擬態で平気だったが、本性を知った今ではきつい。

すると、彼女が一瞬だけ俺に近づき……。


「……笑ってるわね?」


「イエ、ソンナコトナイデス」


「めちゃくちゃ片言じゃない……約束は覚えてる?」


「ああ、もちろん」


「それなら良いわ……あっ、起きたかな? 危うく寝過ごすところだったね」


すると、それまでの冷たい表情が一変して普段の穏やかな表情になる。

そして、そのまま去って行く。


「あっ、聖女様は彼が遅刻しないように起こしてあげたんだ」


「やっぱり、優しくて可愛いなぁ」


「……なるほど、他から見たらそうなるのか」


それにしても見事な猫かぶりなことだ。


ただ、彼女達に助けられたのは確かだ。


このあと、実際に遅刻せずに済んだのだから。


……借りができてしまった。





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