目立ちたくない俺、腹黒聖女様に懐かれる

おとら

第1話 聖女様は聖女では無かった件

 ……ふぁ……うん? 何処からか声がするな?


 ったく、こっちはバイト前の昼寝をしてるっつーのに。


 気合いで眠気を覚まし、昼寝場から起き上がって下を見る。


 すると、そこには二人の男女がいた。


 片方はサッカー部のイケメンにして、スタイルも良く女子にモテモテの内藤隆。


 もう片方は、学園の聖女様と言われる清水綾だった。


 烏の濡れ羽色の傷みの一切ない黒髪セミロング、守ってあげたくなる小さい身長と細い身体。


 顔はアイドル以上に整っていて清楚系でセーラー服、まさしく見た目は聖女様といった感じだ。


「あのさ、わかってると思うけど……俺と付き合ってくれないか?」


「ごめんなさい、内藤君。私、今はそういうつもりはなくて……」


「誰か好きな奴でもいるのかい?」


「ううん、そんなことないよ。ただ、今は勉強に集中したくて……ごめんなさい」


「そ、そっか……また気が変わったら教えてね」


 そう言い、男の方は潔く去って行く。

 どうやら、中身もイケメンな男らしい。

 揉めるようなら出ることも考えたが、どうやら問題なさそうだ。


「……行ったわね」


 ん? 何か聖女様の様子が変だな? 雰囲気が変わった?


「あーあ、肩がこる。告ってくるのはいいんだけど、断る身にもなってほしい。こっちだって、振りたくて振ってるわけじゃないのに。好きではないけど、あの人かっこいいし優しそう。これで、また女子に何か言われたりする……めんどくさい」


 その口調はさっきとは違い、フランクというかサバサバしていた。

 どうやら、猫をかぶっていたらしい。

 ……まあ、人のことは言えないのでそれ自体は別にいいわな。

 ただ、俺がいるとは思ってもないのだろう。


「どうしよう? 優等生やるのも楽じゃないんだけど……でも、そうしないと私は……」


 ふむ、何やら事情がありそうだな。

 と言っても、俺には関係ないが。

 聖女様に関わったら、目立ってしまうし。

 その時、恐怖が俺を襲う……くしゃみと言う名の。

 ……し、しまった、俺、頼むから我慢して——。


「ふえっくしゅ!」


「だ、誰!? 誰かいるの!?」


「し、しまった……」


「上から声がする? ……出てきなさい」


「にゃー」


「今更猫の真似をしてもダメ、いいから出てくる」


 ……こりゃ、ダメだな。

 俺は観念して、廃棄された倉庫の屋根から木を伝って地上に降りる。

さてさて、相手がどう出るか。


「よっと……どもとも。すまん、覗くつもりはなかったんだが」


「そ、倉庫の屋根に人がいたんだ。いえ、こっちも人がいるのに気づかなかったし」


「そりゃ、そうだろうよ。んで、聖女様は俺に何か用ですかね?」


「……あなた、同じクラスになった逢沢君? なんか、雰囲気が違うけど。眼鏡をかけてないから?」


「それはお互い様じゃね? そっちも随分と違うが」


 いつもは優しく清楚なお嬢様系なのに、今はツンとした言葉遣いの冷たい雰囲気だ。

 顔つきや仕草が違うだけで、こうも違うのか。

 まあ……人のこと言えんけど。


「そう。貴方は教室では目立たないし、そんなに話したりしてるタイプじゃない。ということは、猫をかぶってるってわけね?」


「まあ、一応そうなるな。俺としては、平穏な生活が一番なんで」


「うんうん、それについては同意する」


「おっ、まさか意見が一致するとは」


 学園の聖女様と呼ばれる時の子とは思えない。

 あの感じだから、意図的に避けてたし。

 しかし……


「ふーん、なるほどなるほど……」


「なんだ? ジロジロ見て」


「……なんでもない。それより、わかってる?」


「ああ、馬鹿じゃないんでね。とりあえず、さっき見たことは忘れるでいいよな?」


「賢いのね。てっきり、それを使って脅されて何か要求されるかと思ったけど」


「それこそ馬鹿にするなよ、俺はそんな姑息な真似はしない」


 そういうのは、個人的に一番嫌いだ。

 大体、多かれ少なかれ誰だって猫は被ってるものだ。

 それに彼女の場合は、悪意があってやってるようには見えない。


「……ごめんなさい」


「あっ、いや、こっちも少し強く言ってしまってすまん」


「えっと……ともかく、私も貴方のことは黙ってる」


「ああ、そうしてくれると助かる。それじゃ、この件は無かったことに」


「……そうね、ありがとう」


 すると、何やら言いたそうにこちらを見ている。

 まだバイトまでは時間が少しあるので、気まぐれに聞くことにする。


「どうかしたか?」


「いや、その……貴方は気持ち悪いとか幻滅したとか思わないの? 私が猫を被ってたこととか、この冷たい感じとか」


「いや、特には。別に変なことじゃないし、そもそも幻滅とか……そんなの、自分の妄想のせいじゃん。その人のことをちゃんと見ないで、勝手に期待して裏切られたってことだろ?まあ、それで何か悪さをするなら話は別だけど」


「っ——!? そ、そうなのね……ふーん」


「おっと、そろそろバイトの時間だ。んじゃ、明日からは他人のふりってことで」


「……ええ、そうね。それじゃあ、また明日」


 何故か少し残念そうな彼女をおいて、俺は校舎から出ていく。


 そして急いでバイトへと向かうのだった。








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