検索結果

 探偵助手としての二日目の役目を終え、旅館の自室に戻った僕は、今日一日溜めに溜めた溜め息を、はぁーっと吐き出した。


 そして、風呂に入るのよりも何よりも先に、部屋の中央の座椅子に沈み込むと、スマホの画面を力一杯タップした。



 僕は、検索窓に「探偵バロック」と打ち込む。



 僕は今まで、バロックの素性も分からないまま、探偵助手を務めていた。バロック曰く、ワトスン役は「何もしなくて良い」とのことだったので、それでも役目は務まるのだろうと高を括っていた。


 しかし、それは間違った考えだった――



 バロックは、普通ではない。もっとハッキリ言えば、「異常者」である。



 バロックの素性を知らなければ、僕は、バロックの暴走を止めることができないのである。



 「探偵バロック」と検索して、該当する検索結果が出てきたこと自体に、失礼ながら、まず僕はホッとする。


 「ググったら分かる」というバロックの発言さえ、今の僕には半信半疑だったのである。


 とりあえず、検索結果の冒頭にあったサイトをタップする。



「ポアロやホームズを超える伝説の名探偵が存在します。名探偵バロック――あなたはその名を聞いたことはあるでしょうか」


 そのサイトは、そんな仰々しい文句からスタートしていた。

 僕は、そういう方向にあまり詳しくないが、たしかポワロもホームズも、小説やドラマの登場人物であり、空想上の存在ではなかったか。

 ポワロやホームズと並べられるということは、バロックもまた創作の世界のキャラクターということにはならないだろうか。


 しかし、そのサイトには、続けて、こう記されていた。



「名探偵バロックは、実在します。その優れた頭脳で、日本において、数々の困難事件を解決に導いているのです」


 僕は息を呑む。

 バロックには、ちゃんとした実績があるのである。


 サイトには、バロックが解決したとされる「困難事件」が十件ほど列挙されていた。

 そのうちの半分くらいは、僕もネットニュースで見たことある有名な事件である。犯人逮捕に至るまでの過程が連日仔細に報道されていたことを思い出す。しかし、その報道の中では、「バロック」という名前は出ていなかったはずである。



「名探偵バロックは、正体を明かすことを好みません。事件の裏で暗躍する闇組織があるように、事件の裏で暗躍する正義があります――それが名探偵バロックです。ゆえに、事件の関係者ですら名探偵バロックの本名を知らず、その容姿も伝わっていません」


 この説明には、腑に落ちる部分と腑に落ちない部分があった。

 腑に落ちたのは、有名な事件を解決しているにもかかわらず、「バロック」の名前が報道されない理由に関してである。バロックは、正体を明かさずに、影武者のように事件に関わっているということらしい。


 他方、腑に落ちず、僕が首を傾げたのは、今回のJ村での事件に関してである。

 今回、バロックは、名乗り出た上で、堂々と事件に関わっているのである。


 そのことは矛盾しているようにも思えたが、冷静に考えると、今回はやむを得ない事情があるのである。

 今回、バロックは名乗り出ざるを得なかった――夕凪冬馬のせいである。


 バロックは、冬馬によって、貞廣殺しの犯人として糾弾され、首を締め上げられていたのである。


 いわば「拷問」を受けていた状態であって、いくら「正体を明かすことを好まない」のだとしても、あの場では正体を明かすほかなかった。不可抗力である。



 それに、J村は外部社会から隔絶された狭いコミュニティであり、ここでバロックが大活躍したところで、その評判は外には広まらないだろう。

 そもそも、今回の貞廣殺しの事件は、太田牧村長の意向で、公にされず、私的に捜査されているのである。

 「秘密主義者」であるバロックが堂々と事件に関われる条件が揃っているのだ。



 僕は、別のサイトもいくつか覗いてみる。


 どのサイトにおいても名探偵バロックは「伝説」の存在とされており、その中には「都市伝説」として、「トイレの花子さん」や「口裂け女」などど並列に紹介しているものもあった。

 今日の唯鞠や劉生に対する事情聴取の修羅場さを思い返すと、たしかに「妖怪級」の存在なのかもしれないな、と妙に納得する。



 なかなか参考になったのは、名探偵バロックの人格について言及されたブログである。


 「とある事件の関係者」として、バロックに直接会ったことがあるとする者が書いた記事には、このように書かれていた。



「名探偵バロックはたしかに頭脳明晰なのですが、人格には『難あり』と言わざるを得ません。常に偉そうで、目上の者に対しても常にタメ口です。傍若無人で、周りの人を振り回してばかり。よほどの困りごとがない限り、自分からは関わらないのが吉でしょう」


 あまりにも的確な人格評に、僕は百回ばかり頷いた。

 仮にこのブログを昨夜の段階で見れていたら、今日の粗相も覚悟でき、僕のストレスも幾分か軽減されたのかもしれない。



 それから、興味深かったのは、名探偵バロックの正体を「特定」したとする掲示板の書き込みである。



「名探偵バロックの正体は、私立探偵の神波辰一郎だって」


という断定とともに、「神波探偵事務所」のホームページのリンクが貼られている。


 そのリンクにアクセスしてみると、「浮気調査」や「人探し」などの「普通」の探偵業務が紹介された「普通」の探偵事務所のホームページである。「バロック」という言葉はどこにもない。それに、ホームページには、神波辰一郎の顔写真も掲載されていなかった。


 果たして、バロックの正体が、私立探偵の神波辰一郎なのかどうかは僕には断定できなかったが、僕は、念のため、神波探偵事務所のホームページをブックマークした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る