「不法侵入」
「沓晏さん、お届け物でーす」
インターホンの向こうの声は、間違いなくそう言った。
ゆえに、僕は、警戒することなく、チェーンを外し、ドアの鍵を解除した。
しかし、ドアを開けた瞬間、僕は、自分が騙されたことに気が付く。
インターホンを鳴らしたのは、宅配員ではなく、最近我が家の周りをウロウロと徘徊している髭面の記者だった。
そして、「お届け物」とは、その記者が手に持った、週刊誌のことだったのである。
「取材はお断りしているので」
僕は、そう言ってドアを引いて閉めようとした。
まだ十歳にも満たない僕だが、記者という人種だけは敬わなくて良い、ということが、この頃には経験上身に付いていた。親切にすれば、逆に付け上がられてしまうのである。
しかし、その三十代の記者は、ジムで鍛えていることを誇らんとばかりに筋肉の浮き出た腕を、ドアの隙間に突っ込んできた。
そして、力づくで、ドアを開け、玄関に入ってきたのである。
そして、あたかも僕の見せた拒絶に気付いていないかのように、涼しい顔で、「お母さんはいるかな?」と尋ね、玄関に連なる廊下の方を覗き込む。
そして、恐怖のあまり泣きべそをかく僕に、これまた気付いていないフリをしながら、靴を脱ぎ、家に上がり込んだのである。
あの祭りの夜の後、マスコミが村に大挙して押し寄せてからというもの、J村は完全に無法地帯になってしまったのだ。
僕は、床に崩れるように座り込んで、一頻り泣いてから、そうしている場合ではないと思い直し、記者を追い、廊下を進む。
辿り着いた先の居間では、「不法侵入」などなかったかのように、記者は椅子に掛け、その記者のために母は台所に立って紅茶を沸かしていた。
母も、内心、この男性記者のことを憎たらしく思っているに違いない。
しかし、一度家に上げてしまった以上は、「来客」として丁寧に対応するしかない、と割り切っているのだ。
そうしないと、この記者にどんな記事を書かれるか分からない。
母は、そのあたり、とてもしたたかな人なのである――
「吉研、自分の部屋に行ってなさい」
僕が居間に来たことを背中で感じ取った母が、命令口調というよりは、あやすような口調で言う。
「ううん。僕もこの部屋にいる。お母さん、僕の分の紅茶をお願い」
「……あら、そう」
――僕は、この髭面の記者が怖い。
だからこそ、この場は逃げてはならない気がした。
母をこの記者から守るだなんて、そんな大それたことができるかどうかは分からない。
それでも、この場で母を一人にするわけにはいかない、と僕は思ったのである。
僕は、記者の斜向かいの席に陣取る。
僕が部屋に現れたことを、記者は少しも意に介していないようで、嫌な顔をすることも、かといって玄関での無礼を謝ることもなく、記者は母の背中をじっと見つめ続けている。
この記者には、母の背中はどう見えているのだろうか――
まさか悪魔の羽根が生えているように見えているのではないだろうか――
しばらくして、母が、マグカップに入った紅茶を三つと、カゴに山盛りに入ったスティックシュガーとコーヒーフレッシュを机に置く。
僕は、カゴからスティックシュガーを二本取り出し、熱々の紅茶にサーっと流し入れる。
記者は、差し出された紅茶には目もくれず、やはり母の方をじっと見つめている。
そして、僕の隣の席に母が座るやいなや、口を開く。
「沓晏吉永さん、俺は今日、アンタを救いに来たんだ」
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