事件の話


「筑摩君、そろそろ事件の話に入っても良いかな?」


 バロックは、みぞれかき氷に、スプーンを兼ねて先が加工されたストローを、ズボズボと抜き差しする。


 まるで、僕がくだらない質問をしている間にかき氷が溶けてしまった、という苦情を伝えているようだ、と感じるのは、さすがに僕の被害妄想だろうか。



「まず、事件の被害者だけど、見た目的に、彼はおそらく二十代くらいの青年だろう」


「被害者は、淡路貞廣で、二十四歳で、この村に住んでいる双子の兄です」


「……筑摩君、詳しいじゃないか」


「僕の友人で、昨日も一緒に飲んでいたので」


「おぉ!」


 声を落とす僕に対して、バロックは対照的に目を輝かせる。そして、「それは朗報だ」とまで言ってのける。



「さっき、俺は、『ワトスン役』は何もしなくて良い、って言ったけど、前言撤回するよ。被害者と友人ならば、筑摩君はとても使える」


「……使える?」


「少し口が滑ったかもしれないが、気を悪くしないで。要するに、筑摩君をダシにして関係者から話を聞ける、という意味だよ。……あれ? さらに口が滑ったかな」


 バロックが無神経であることは、ヒッチハイクで車に乗せた時から分かっていたことであるから、今さら腹を立てるようなことではない。


 それより――



「つまり、バロックさんは、貞廣を殺したのは、貞廣に近い人間だと考えているってことですか?」


 そうだとすると、犯人は、僕も知っている人間である蓋然性が高い。それは、僕にとってはとても恐ろしいことだったのだが、バロックは、


「一般論としてそうでしょ」


と、サラリと言う。



「人を殺すのには、それなりの動機が必要なんだよ。動機は、人間関係の中から醸成されるものさ」


 その見解に異論はない。


 とはいえ、同時に、貞廣が、誰かに殺しの動機を抱かせたのだろうか、と考えると、腑に落ちない面がある。


 貞廣は、とても気の良い奴であり、誰にでも好かれるタイプだ。


 貞廣を、殺してやりたい、と思い、しかも、それを実行に移すような人間には、少しも心当たりはない。



 もちろん、僕が知ってるのは、七年前までの貞廣であって、今の貞廣に関しては、昨日の飲み会での印象を超えては何も分かっていないのかもしれないが。



「さっき、筑摩君は、被害者は『双子の兄』と言ったよね? 双子の弟がこの村にいるのかな?」


「います。弟の貞常が」


「それは怪しいね」


「どうして?」


「この世界では『双子』が出てきたら警戒しなければならないんだ」


 バロックが言っている「この世界」が、一体どの世界なのか、僕にはピンと来なかった。



「まあ、双子、とは言っても、二卵性だから、見た目も性格もちっとも似てないんですが」


「それでも双子は双子だよ。まず最初に話を聞きに行くのは、その、双子の弟とやらにしよう」


「貞常を犯人だと疑ってる、ということですか?」

 

 陽気な貞廣と、どちらかというと無口な貞常とでは、性格が合わなそうに見えて、実際には、二人はとても仲が良かった。


 貞常が、貞廣を殺すだなんてことは、絶対にあり得ないと思う。



「別に犯人として疑っているわけではないよ。あくまでも参考人として話を聞くだけだ」


 僕は、少しだけホッとする。



「被害者の属性については、とりあえず分かったよ。そうすると、次に議論しなきゃいけないのは、凶器についてだね」


 凶器――というと、例の毒のことだろう。



「今回の殺人事件には、ヒ素が使われている」


――やはり、例の毒のことだった。



 僕は、殺害現場を見て疑問に思ったことを、とりあえずバロックにぶつけてみる。



「貞廣は、どうやって毒を飲まされたんですか?」


「どうやってって?」


「だって、


 そうなのだ。ヒ素を飲ませる場合、普通、食べ物か飲み物に混入させるだろう。十七年前、豚汁にヒ素が混ぜられたように――



 僕の疑問に対して、バロックは、


「たしかにそうだね。それはおかしい」


と理解を示す。


 ただ、


「おそらく、犯人は、食べ物か飲み物を使って被害者に毒を飲ませた後、その食べ物か飲み物を持ち帰ったんだと思う」


と、呆気なく僕の疑問を解いてみせた。



 そして、


「もしかすると、単に、その食べ物か飲み物はまだ見つかっていないだけかもしれない」


と、より拍子抜けな別解まで提供してくれた。



「筑摩君、どうした? そんな狐に摘まれたような顔をして……」


「いや……」


「それとも、筑摩君は、現場に食べ物や飲み物が落ちていない理由について、何か別の考えがあるのか?」


 絶対に鼻で笑われるだろうとは思ったが、僕は思っていることを探偵に全て開示することにした。



「僕、この村は「呪われてる」と思っていまして……」


 探偵は鼻で笑うことはなかったが、僕の告白に対して、真顔で「どうして?」と訊いてきた。



「だって、毒豚汁事件だって、あれは……なんというか……人間の仕業じゃないように思うんです」


「というと、筑摩君は、沓晏吉永は犯人じゃないと思っているわけ?」


「うーん……そう訊かれると答えに悩むんですけど……」


 吉永は、裁判で有罪が確定し、その裁判は、控訴審でも上告審でも覆らず、再審請求も通らず、先日、死刑執行となったのだ。


 日本の司法が何重にも誤った、という大それたことを言うつもりは、僕には、無い。


 しかし、裁判の結果が正しかったと断言することも、それもまた、できないのである。



「毒豚汁事件が呪いによるものかどうかはさておき、俺は、吉永は冤罪だと思ってる」


 バロックは、ハッキリ断言した。



「……それで、毒豚汁事件について色々と聞き回って『調査』していたわけですか? 僕とか、その、村の人に」


 「そうだ」と、バロックはまたもや断言する。



「俺は、今回の殺人事件と、十七年前の毒豚汁事件とは、密接に関連していると思ってる。その確固たる証拠が――」



 「ヒ素だ」とバロックは言う。



「今回の事件が、十七年前の毒豚汁事件と無関係だったら、犯人はあえてヒ素を使うはずがないんだ」


 バロックが言わんとすることは分かる。


――というか、僕も、全く同じことを思っていた。


 つまり、今回の貞廣殺しは、十七年前の毒豚汁事件と一連のものである、と。



「もしかすると、今回の事件の犯人は、十七年前の犯人とかもしれない」


「だとすると、吉永は、毒豚汁事件の犯人ではなかった、ということになりますよね……」


「当然そうだな。すでに吉永は死んでるから。仮にそうじゃないとすると――」


 バロックはフッと笑う。



「犯人は吉永の亡霊かもしれない。だとすれば、筑摩君の言うところの『呪い』というのもあながち絵空事ではないね」

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