探偵気取り
やはり気心の知れた同郷の者同士である。
空気が凍っていたのは最初だけで、徐々に身体を循環し始めたアルコールの助けもあり、場はどんどん温まり、昔話に花が咲く。
見た目は変わり果てたものの、楓も、楓のままだった。
言葉の節々から、気遣いや、優しさが感じ取れる。
それらは、僕が楓に恋をした理由なのである。
僕は、遠路はるばるJ村に来て良かったなと思い始めていた。
ところで、同窓会の参加者が占める机は二つある。
僕と劉生と楓と唯鞠の机がそのうちの一つで、もう一方の机は、年齢が僕らより少し上の者が四人座っていた。
双子ではあるが、二卵性であり、顔はあまり似ていない。
――いや、もしかすると、顔は似ているのかもしれないが、体型があまりにも違うので、見間違えることはない。兄である貞廣は、がっしりとした闘士型の体型で、弟である貞常は、小柄で線も細いのだ。
顔の特徴はといえば、離れ目と鉤鼻ということになるだろうか。
銀縁の眼鏡が、黒い長髪と、キリッとした眉にとても似合っている。
実際、今は東京で公務員をやっているらしい。
僕よりも二歳上で、この中で最年長なのは、
二歳といわず、十歳くらい僕よりも歳をとっているように見える。
昔からずっと老け顔なのだ。その要因の一つは、目の下にできた大きな隈なのかもしれない。
お酒も入ってきて、料理もそれなりに片付いてくると、机ごとでなく、八人を一つの輪とした会話が始まる。
話題に上がったのは、あの「不審な男」だった。
「文夏も声掛けられたのか? あの男に」
允秋が言うところの「あの男」とは、昨日僕が車に乗せた垂れ目の男のことである。
「そう。最初は道を聞くフリして話しかけてきて、話しているうちに『近くでお茶をしよう』と誘ってきて……」
なんだそれは。ただのナンパじゃないか。
「もちろん断ったんだけど、その後もしつこく誘ってきたの。全く、なんなのアイツ」
文夏は、皿の上の鯛の煮付けを垂れ目の男に見立て、ブスリと箸を突き刺す。
「私も突然声掛けられた」
「唯鞠も?」
「うん。昨日の夜、歩いてたら突然。変質者かと思って、キャアって叫びそうになったもん」
唯鞠は、そういう類の者に狙われそうだなとぼんやりと思う。顔が整っているというのもそうだが、服装も薄手で露出が多く、隙がありそうに見える。
「叫んで良かったんじゃないか? どう考えても変質者だろ」
貞廣が断言する。
「声を掛けた相手が文夏と唯鞠だけだったら、変質者認定で差し支えないだろう。ただ、実際には、俺と翔癸も声を掛けられた」
允秋によると、彼も僕と同じ「被害」を受けたらしい。すなわち、允秋も、車を運転している最中に、垂れ目の男のヒッチハイクに遭ったのだという。
「見境ないな」
「貞廣、冗談はやめてくれよ。翔癸はともかく、俺はちっとも可愛い顔をしてないんだから」
「老け顔だもんな」
「放っておけ」
テンポの良い二人のやり取りに、僕が慌てて口を挟む。
「……ちょっと待って。僕も決して可愛い顔なんかじゃないけど」
「そうか? 女装したらそれなりにイケるんじゃないか?」
允秋の冗談に、唯鞠が悪ノリする。
「試してみる? 私が、メイク道具と洋服貸すよ」
「いやいや、絶対に試さないから」
「女装して村の人を騙せるか試してみたら面白いかもな。今の翔癸の顔は、まだ村の人には割れてないから」
「ナイスアイデアじゃん!」
唯鞠の加勢を得た允秋は、ニヤつきながら続ける。
「唯鞠がメイクをしてさ。村人の大抵は老いぼれだから、多分良い線行くぜ」
「言っとくけど、絶対にやらないからね……」
劉生がガハハと豪快に笑う。
楓も、枯れ枝のような細い指で口を押さえながら、クスクスと笑っている。
こうして允秋にイジられるのは、なんだか懐かしい。
「それにしても、変質者ではないとして、あの垂れ目の男の目的はなんだろうな?」
允秋が一転して真顔になる。
「翔癸、車の中で垂れ目の男とどういう話をしたんだ?」
「えーっと……」
僕は、悩んだ末、正直に答える。
「毒豚汁事件のことを訊かれたんだけど」
またもや場の空気が凍りかねないなと、僕は心配する。それは、J村では、禁句となっている事件なのである。
実際、僕がその言葉を出したことによって、何人かの表情は曇ったように見えた。
しかし、允秋がすかさず合いの手を入れてくれたのである。
「だよな! 俺も毒豚汁について訊かれたよ」
そして、文夏と唯鞠も「私も」と口を揃える。
「私の場合、訊かれても『よく覚えてない』って言って、何も答えなかったけど」
「私も文夏と一緒」
「俺もだ。何も答えなかったよ。翔癸は?」
僕も、首を振り、「何も答えなかった」と言う。
允秋はフッと笑う。
「すでに被告人が処刑された事件について聞き回るだなんて、全くもってイカれてるよ。一体何様のつもりなんだろうな。ふざけてるよ。まるで探偵気取りじゃないか」
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