厚かましい男
この男はなんて厚かましいのだ――
私は、思わず、自らのスマホを床に叩きつけそうになった
私を怒らせたのは、「神波辰一郎」のアカウントから送られてきたLINEのメッセージである。
「繭沙、ちゃんと時間どおり暎人を迎えに行けた? 迎えが遅れると延長料金も掛かるし、寝かしつけも遅くなるから、よろしく頼む」
読み返してみたら、もっとムカついた。
それがちょうど、私が、「もう歩けない」と駄々をこねてその場に座り込む暎人を、励ましたり、無理やり手を引っ張ったりしながら、なんとか家に連れて帰ると同時に、やはり家に誰もいなかったことを確認したタイミングだったので、なおさらである。
こんなLINE、いっそのこと無視してしまいたかったが、生憎、すでに既読が付いてしまっている。
「どうして既読スルーするの?」などと追いLINEが来た日には、本体代金の大半が未払であることも忘れ、今度こそ自らのスマホの画面を叩き割ってしまいそうだったので、私は、何らかの反応をすることに決めた。
「今どこにいるの?」
我ながら、悪くない返しである。
本当は、「?」マークの後に、見えない怒りマークやら見えない包丁のマークやらがたくさん付いているのだが、そういうことには鈍い我が夫は気付かず、妻が身を案じてくれているのだ、と喜ぶことだろう。
というか、真っ当な質問ではないか。
突然家を空け、何日も帰らないにも関わらず、行き先を伝えないというのは、異常なことなのである。
普通ならば、浮気を疑われても仕方がない。
妻として、夫の居場所を聞く権利は当然にあるはずだ。
「ねえ、ママ、ご飯は?」
「待ってね。今作るからね」
すぐに既読が付く気配もなかったので、私は、スマホをテーブルに置き、腕まくりして台所に向かう。
「ママ、早く作ってね。じゃないと、寝るの遅くなっちゃうよ」
はあ――
私は大きくため息をついてから、私自身の心を落ち着かせるために、暎人のサラサラの髪を優しく撫でる。
暎人は、デレっと嬉しそうな顔をした後、何かを思い出したかのように、バタバタと夫の部屋の方へと駆けて行った。
それから間も無く、夫の部屋から、ガヤガヤと賑やかな声が聞こえ始めた。
暎人が、夫の部屋にあるテレビの電源を入れ、お気に入りのアニメを見出したのだ。
辰一郎からLINEの返事が来たのは、私が、ボウルにひき肉と具材をこね合わせて、これからハンバーグの形に整形しようと一掴みしたところだった。
LINEの着信音を聞いた私は、掴んでいたタネをボウルに戻すと、テーブルに向き返り、汚れていない左手でスマホを操作した。
「今、なかなか面白いことになってるよ。繭沙に報告できるのが楽しみ」
さらに、ウサギのキャラクターがぴょんぴょん飛び跳ねているスタンプが送られてきている。
私に超人的な握力があれば、このまま左手でスマホを握りつぶし、付け合わせのマッシュポテトにしたところだろう。
なぜこの男はいつもこうなのだろうか――
秘密主義――というわけではないのだろう。単に捻くれていて、人の質問に正面から答えたくないだけなのだ。
もしくは、
真相をギリギリまで隠しておいて、後から「実は……」と話し出すのが、好きなのだ。
それは、探偵の職業病に違いない。
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