第102話シャルルとシャルロット

 修練場には熱気が漂っている。

 特に男子生徒。わかりやすいな。


 ヴァランタン先生が教えている時には、めんどくさそうな者や、眠そうな者が多いのに、教える人間が変わっただけでこうも態度が変わるとは。


「君はもっと姿勢を正して。体のバランスを意識して」


「はい!」


「君は手首や肩の力を少し抜いて。過度な力みは剣の制御を難しくするわ」


「はい!」


「君はスムーズな腰の移動を意識して。腰の動きを意識するとスムーズに体が動かせるようになるわ」


「はい!」


 ヴァランタン先生が教えている時も生徒たちははきはきと返事をする。

 だが、それは恐怖からであり、彼を心の底から尊敬しているからではない。


 今の生徒たちは心の底から真剣に指導を受けている。

 男子生徒たちは下心もあるだろうが。


 シャルロット将軍はシャルルに近づいた。

 次は奴の番か。


「姉さまに直接ご教授いただいて嬉しゅうございます」


「シャルル。今は姉と弟でなく、将軍と一生徒という間柄です。わきまえなさい」


「は、申し訳ございません。はぁはぁ、姉さまに叱られた。はぁはぁ、最高」


「まったく、この子は相変わらずなんだから……」


 シャルルはシャルロット将軍に叱られて興奮している。

 変態だ。変態がいる。






 それからシャルロット将軍は修練場を回りながら、生徒に指導しているが、俺の下には来ない。

 今は同盟を結んでいるとはいえ、元敵国の人間には教えられないのだろうか。


「みんな、ちょっと聞いて」


 彼女は手を挙げ、皆に注目させた。


「先ほど言った教えも重要よ。でも一番大事なのは実践を意識すること。憎き王国人を殲滅するのよ。失礼……失言ね。今は同盟国だったわね。魔族を殲滅することを意識するのよ。絶対に殺しきる気で訓練に励むのが大事よ」


 確かに実践を意識するのは大事だ。

 剣を振るだけで筋力や技術は身につく。


 でも、目的をもって剣を振ることでその効果は段違いに増大する。

 もっと言えば、実践を意識するよりも、実践を経験すればいい。


 命が危機を迎えることで、自分自身の潜在能力を引き出すことができる。

 攻撃力だけでなく、防御力や試合勘も上がる。


 今は休戦中なので、実践の機会は少ないが。


「やはりシャルロット将軍も王国を滅ぼすべきとお考えなのね、素晴らしいわ」


「王国なんかと同盟なんか組むべきではなかったんだ。シャルロット将軍万歳!」


 シャルロット将軍は失言を訂正したが、生徒たちはその失言に賛同している。

 帝国と王国の会談の内容は、父上から聞いていないが、無事休戦協定が結ばれ安心していた。


 だが、帝国内も一枚岩ではないのだろう。

 意識を改めないといけないのかもしれない。


 コゼットさんは申し訳なさそうにこちらを見ている。


「以上よ。練習に戻って」


 生徒たちは再び素振りをしている。

 俺はシャルロット将軍という人物が気になったので、教えを乞うために彼女に近づいた。


「ひ……君は!」


 何か様子がおかしい。

 先ほどの毅然とした態度とは打って変わって挙動不審だ。

 何かに驚いたのか、尻もちをついてしまった。


 生徒たちがこちらに注目している。

 俺、なんかした?


「き、君はイケオジじゃなくて……ナイスミドルでもなくて……渋いおじ様でもなく……レオン公の息子ね」


「え、ええ」


 シャルロット将軍は父上を意識している様子だ。

 元敵国だ。因縁の相手なのだろうか?


「何の用?」


「教えを乞いたいと思いまして。そのために今日は来られたのかと思いまして」


 俺は尻もちをついたシャルロット将軍に手を差し出す。

 でも、彼女はそれをぱしっと払いのけた。


「い、いくらイケてるおじ様の息子だとはいえ、私に手を貸そうなんて調子に乗りすぎよ。でもいいわ、見てあげましょう。王国民の実力をね」


 彼女は自力で立ち上がった。

 だがすぐに尻もちをついた。

 俺の素振りを見た後に。


「き、君……一秒間に一万回も斬撃を繰り出したの?」


 驚いた。

 俺の剣筋を全て見切るものがいるとは。

 全てではないが。


「凄いですね。あの速度の斬撃がすべて見えているとは。正確には一万一回ですけど」


「一万一回! そんな……ありえないわ」


 シャルロット将軍はぶつぶつとなにか呟いている。

 俺、何かおかしなことしたかな。


「おいおい、あの王国人やっぱり凄いって……」


「落ち着け。何かの間違いだ。トリックでも使っているのだろう」


 生徒たちの間でもざわめきと議論が起こっている。

 別に何のトリックも使ってないし、魔法も使っていない。


 魔法を使えれば、もっと出来る自信があるのに。

 残念。


 そして俺を苦々しく見ている人物がいる。


「よくも姉さまを。忌々しい……忌々しい。下賤な王国人の分際で。姉さまは僕のものだ。誰にも渡さない。そうだ、世界には僕と姉さまさえいればいい。全部消してしまおう。そうだ、そうだよ、くくく」


 シャルルだ。

 執念深さが誰かさんとそっくりだ。


 憎悪の対象が俺だけでなく、世界すべてになっている。

 どういうことだ? 気味が悪いので近づかないようにしよう。


 国王から穏便に過ごせとお達しだ。

 その約束は破るわけにはいかない。


 まあ、あくまでも俺流にだが。

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