第100話コゼット家

「エリアスって凄いんだね」


「いや、別に。って謙遜したいところだけど、嬉しいよ。努力してきたからね」


「でも結局は血統が良いからね、エリアスは。努力したからって凡人はどうにもならないんだ……」


「?」


 コゼットさんは俺に聞こえない声で呟いた。

 表情も心なしか暗いような気がする。


「いや、何でもないんだ。ごめん、ごめん」


 コゼットさんはそう言うと、いつもの明るい表情に戻った。


「そういや、コゼットさんはさっきの計測やらなかったよね?」


「わたしはやっても無駄。魔法の才能ないから、はは」


 コゼットさんの表情はまた暗くなった。


「確かに魔法は才能が大事だけど、努力次第で上達できるよ。それに上達できなくても楽しめばいい。魔法は使ってるだけでも楽しいよ、はは」


「いいよね、エリアスは。ポジティブで。わたしは上達出来ないことを頑張れるほど忍耐強くないよ」


「?」


 またコゼットさんは俺に聞こえない声で呟いた。


「ううん、何でもない。心配させてごめん」


「ああ、何もないなら良いけど」


 コゼットさんは何か抱え込んでいるような気がする。

 出会ったばかりの俺に話してはくれないようだが。





 俺とミラ様、コゼットさんは食堂で昼食をとっている。


「コゼット、それだけ?」


「あ、うん」


 ミラ様はコゼットさんの食事量を気にしている。

 彼女はパン一つだけだ。


「私の分、少し食べる?」


「いや、悪いよ」


 コゼットさんはミラ様からの申し出を断った。


 俺たちは肉料理、サラダ、スープといった普通のセットメニューを食べている。

 王国で流通している硬貨と、帝国で流通している硬貨は違うが、ここに来るまでに換金した。


 これまでに帝国に入国することは困難だったが、全く交流がなかったわけではない。

 商人が輸入や、輸出のために入国することもあったので、換金所は普通に営まれていた。


 食事に関しても、敵国の人間であることから、毒が盛られている可能性も考えたが、それはなかった。


 エミリーとの放課後の勉強で、デスペルの他に状態異常対策でキュアを習得した。

 なので、俺は毒状態になっても治すことは出来るが、それは杞憂だったようだ。


 コゼットさんが断ったところで、ぐうううううぅぅぅぅぅと大きなお腹が鳴る音が辺りに響いた。


「あ……いや、まあなんて言うか、恥ずかしいね……」


「よかったらどうぞ」


 俺はコゼットさんに料理の皿を差し出した。


「じゃあ、お言葉に甘えて。う~ん、おいひい」


「ははは、口に詰めすぎだよ。気にしないで沢山食べて。俺は自分様にもう一つ頼むから」


 俺は料理を頼むため席を外した。





「そうなのね」


「そうだよ、これが帝国の実情だよ」


 俺が席に帰ってくると、ミラ様とコゼットさんが話していた。

 恐らく帝国の貧富の差の話だろう。


 多くを語らずとも帝国の格差は酷いように思える。

 まあ、それはどこの国にもあるだろうが。


「わたしはいいんだけど、弟や妹にはひもじい思いはさせたくないんだけど。現実は甘くないよね」


「良かったら、貴方の家に行ってもいいかな? コゼット。私が帝国に来たのは帝国の実情を知るためでもあるの。駄目かな?」


 ミラ様がコゼットさんの自宅に来訪していいかお願いされた。

 コゼットさんはどう思ったのだろうか?


「いいよ。わたしとしても王国の人に帝国の実情を知って欲しい。エリアスも来てくれるよね?」


「う、うん。もちろん」


 意外にもコゼットさんは快諾した。






 今日の授業が終わり、俺とミラ様はコゼットさんの家に招かれることになった。

 帝都の中心部は、商店が軒を連ね賑わいをみせているが、中心部を離れていくと、次第にその賑わいは鳴りを潜めていく。


「どうだい? 寂れているだろ?」


「「……」」


 俺もミラ様も返す言葉が見つからなかった。


「いいんだよ、率直に言っても、はは。ここがわたしの家だよ」


 コゼットさんが指差した家はお世辞にも立派とはいえない。


「ねえちゃん、おかえり」


「ねえちゃん、はらへった」


「ただいま。まだご飯の時間じゃないでしょ?」


「ちぇ……ん? このひとたちだれ?」


「ああ、姉ちゃんのお友達。王国の人よ」


「え~、おうこくのやつらってわるものじゃないの?」


「そうだ、そうだ。わるものだ」


 王国と帝国は休戦中とはいえ、敵国だ。

 子供たちなら悪者扱いしても仕方ないだろう。


「こら! 姉ちゃんのお友達を悪者扱いしない」


「は~い、ごめんなさい」


「ごめんなさい」


「いいって。そう言われても仕方ないし」


「本当にごめんね。この子たち子供だから」


 コゼットさんの弟や妹は、彼女のスカートの裾を掴んで物欲しそうにしている。

 そして、ぐうううううぅぅぅぅぅと盛大にお腹が鳴った。


「へへへ」


「もうしょうがないわね、まだご飯の時間じゃないのに」


「良かったら食べる?」


 ミラ様から子供たちにパンが差し出された。

 それを子供たちはひったくってもしゃもしゃと食べた。


「ああ、困ったな。人様から施しは受けないって決めてるのに。くせになるから」


「ごめんなさいね、コゼット」


「いいよ、美味しそうに食べてるから。この子たちのこんな笑顔みたのいつぶりだろ」


「そうだ」


 俺はあることを思いついた


「何? エリアス」


「施しが駄目なら、俺たちがここに招かれたお礼としてご馳走するのは? それと王国でどういうものが食べられているのか文化を知ってもらうためにも」


「くせになるから駄目だって言ってきたけど、ここまできたらもうしょうがないね。ありがたくいただこうかな。でも料理は? ここにはないみたいだけど?」


「飛んで取ってくる」


「は?」


 俺は飛行魔法で王国まで戻り、料理を運んでくることを説明した。


「ははは、凄いこと考えるね。もうそこまでいくと、断る気にもなれないよ」


「じゃあ、行ってくる。ミラ様はここで待っててください」


「ええ」


 ここにはコゼットさんと子供たちしかいないし、何も起こらないだろう。

 王国人をミラ様一人にするのは、心苦しいけど、直ぐに帰ってくる。






 俺は国境までやって来た。

 王国まで飛んでいくことは出来るけど、問題は起こさない方が良い。


 国境警備に事情を話して、王国に一時的に戻る。

 入国証があるから、再度帝国に入るのも容易い。





 そこから飛行してディートリヒ家に戻ってきた。


「エリアス様!」


 そこにいたのはソフィアだ。


「ソフィ、久しぶり」


「エリアス様、お久しゅうございます。う、うわあああああぁぁぁぁぁん!」


 ソフィアは俺の胸に飛び込んできた。


「ソフィ……」





 俺はソフィアが落ち着いてから、今回戻ってきた経緯を説明した。


「料理ですか? 確かに現在準備中ですが。コックたちに頼めば何とかなると思います」


 厨房にやって来ると、コックやメイドたちがいた。


「「「エリアス様……エリアス様だ!」」」


「久しぶり、みんな」


 俺はみんなに今回の経緯を説明した。


「いくらでも持って行って下さい。食材の数が合わなくなりますが、そこは誤魔化しておきます。任せて下さい」


「はは、助かるよ」


 俺は巨大なトレイを両手に持ち、そこに料理を乗せてもらった。


「じゃあ、行ってくるよ」


「もう行ってしまわれるのですね。寂しいです。お気をつけて」


「ああ、ありがとう」


 俺はコックやメイドに礼を言い、飛び立とうとした。


「待ってください、エリアス様。レオン様に会われないのですか?」


「ああ、父上は今回のことを知っているから。と言うより、今回の件は父上から国王に進言されたことだから」


「そういうことを言っているのではありません! レオン様はエリアス様のお顔を見たいはずです。レオン様にとってエリアス様は全てなのですから」


 ソフィアは何を言っている? 父上は俺に厳しいことしか言ってこなかった。

 俺が父上の全てと言われても、何のことか分からない。


「ソフィ、父上は俺の顔なんて暫く見なくても大丈夫だ。何のことか分からないけど、気遣いありがとう。それに今両手に大量の料理を持っている。こんな姿で再会するのも変だろ? どこかに置くのも大変だし」


「あ……そうでした……」


「ふふ、じゃあ、行ってくる」


「お気をつけて! 今度はレオン様にお顔を見せに帰って下さいね」


「ああ、分かった」


 俺は適当に返事をした。

 次、いつ父上に会えるかも分からないのに。


 何故かソフィアは俺と父上を会わせたがっていた。

 ソフィアが何を思っているのかうかがい知れないが、何か彼女なりに思うところがあるのだろう。





 俺は再び国境警備に入国証を見せ、コゼットさんの家まで戻ってきた。

 入国証は首から提げているので、料理をどこかに置く必要はない。


「エリアス、早かったわね。それにしても凄い量ね」


「はは、持ってき過ぎましたかね」


「確かに凄い量。初めは反対してたけど、もうそれは笑うしかない量だよ」


「すごい、おにいちゃん。ちからもち」


「はやくたべた~い」


 俺は両手のトレイを落とさない様に、静かにテーブルの上に置いた。


「ねえちゃん、もうたべてい~い?」


「待って。いただきますしてから」


「「「いっただきま~す」」」


 子供たちはあっという間に料理を平らげていく。


「うま、うま。こんなうまいのたべてのはじめて」


「ほんと、ほんと」


「じゃあ、お兄ちゃんは悪者か~?」


 俺は仕返しの様に子供たちに訊く。


「ん~ん。いいひと」


「おにいちゃん、いいひと。たべものくれるいいひと」


「もう、あんたたちったら。でもそうよ。お兄ちゃんは良い人よ」


「「「ごちそうさま~」」」


 子供たちは大量の料理を平らげた。


「じゃあ俺たちは帰るから」


「そうね」


「え~、おにいちゃん、かえっちゃうの~」


「かえらないでほしい~、いっしょにくらそ」


「こらこら、お兄ちゃんを困らせないの。じゃあ、お姉ちゃんはお兄ちゃんとお姉ちゃんをお見送りしてくるから」






「今日はありがとう、エリアス、ミラ」


「私は何もしていないわ。全てエリアスがしたことよ」


「喜んでくれて良かった」


「じゃあ、また明日」


「うん」





 俺たちはコゼットさんと別れ、今回のことについて話していた。


「でもこれで良かったのかしら」


「俺もそう思いました。こんなこと毎日出来るわけもないし、彼らのためにもならない。それに今回俺たちが帝国に来た目的とも違う」


「じゃあ、どうして?」


「喜ぶ顔が見たかったから」


「ふふ、エリアスらしいわね」


「それに賑やかなのも悪くなかったです」


「そうね。でも敵国なのよね」


「今はいいじゃないですか。彼らに罪はない」


「相変わらず甘いのね。そこがエリアスの良いところでもあるんだけど」


 放っておけなかったというのが、正直なところかもしれない。

 敵国の民だとしても。


 甘いと言われてもしょうがない。

 でも、友達の家族だ。


 コゼットさんは俺たちのことをどう思っているんだろう? 友達と思ってくれているのかな?


 帝国に友達を作りに来たわけではないけど、王国民である俺を差別しなかった数少ない人でもある。


 これから仲良くできればと思う。

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