第95話共同戦線
アスルーン王国の王都ではパレードが行われていた。
いや、王都だけでなく国中を上げてパレードが行われている。
ブリュンヒルデが四天王の一角を落としたことが、国中に知れ渡ったからだ。
千里眼魔法や、魔力感知魔法で、ブリュンヒルデが行ったことを追っていた者がいたのだ。
四天王の一角の魔力が完全に潰えたことや、ブリュンヒルデが自らの行ったことを認めたことで、その事実は周知のものとなった。
長年人間と魔族の勢力は均衡していると、王国だけでなく、近隣諸国の間でも推察されていた。
それが四天王の一角が落ちたことで、人間側が優位に立ったと見られているのだ。
アスルーン王城では、アスルーン王ルシャードと、プリュフォール帝国皇帝サミュエルの会談が行われていた。
国王と皇帝の他には、王国側からは公爵家が。
帝国側からは将軍が出席していた。
今回の議題は帝国側から発せられたものであるから、王都ではなく、帝都で行うべきとの声もあった。
だが、王国側としても、舐められるわけにはいかない。
帝国では、王国は帝国の戦力の五分の一や十分の一と見られている。
帝国側に王国に足を運んでもらって、正確な情報を開示する必要があるのだ。
「ご足労感謝する、皇帝」
「何も気にする必要はない。こちらとしても利があること。それにしても魔王軍の一角を落とすとはな。真に驚嘆に値する。本来なら帝国が成し遂げるべきことだった。成し遂げたのはフリードリヒ公の娘だったな?」
「はい。我が娘ながら真に恐ろしいです。ふふ」
ブリュンヒルデの父、フリードリヒ公爵は皇帝からの質問に、誇らしさを隠すためにふざける様に答えた。
「本当ですよね~。本当に単騎で魔王軍数百万を倒したのち、四天王まで倒しちゃうなんて。怖い、怖い」
黒髪長髪の軽薄そうな男が茶化す様に言い放った。
彼の名前はナルシス。
軽薄そうな見た目とは裏腹に、プリュフォール帝国の将軍にまで上り詰めた男だ。
「ふん、我らとていずれ成し遂げていたこと。時期が来たら攻勢に出ていた。我らの方が王国より優れているのだからな」
王国側を見下すように言い放った男はヴァンサン。
金髪を短く切り揃え、どっしりと構えた筋骨隆々の男である。
自らや、自らの部隊の実力に誇りを持つ帝国の将軍である。
「その時期というのはいつ来るのかな? 時期が来れば攻勢に出ていたとおっしゃっていたが、その時期は永遠に来ないのではないか?」
ヴァンサンの言葉に言い返したのは、フェルゼンシュタイン公爵。
イルザやイゾルダの父だ。
「何~! 帝国を愚弄するか!」
「やめい! ヴァンサン。そなたが先に王国側を愚弄したのだぞ。王国側が気を悪くするのも当然。場を弁えよ」
「は……申し訳ございません」
「それで、国王よ、議題というのは事前に伝えていた通り、我らが力を合わせるということだ。ともに力を合わせ魔族を打倒するのだ」
「なるほど。面白い提案だ。一考の価値ありだな」
「恐れ入りますが、皇帝陛下。王国の力など借りずとも我らだけで魔王軍を打倒できるのではございませんか?」
「ナルシスの言うとおりだ。王国の様な軟弱な輩の力など借りる必要はない」
ナルシスとヴァンサンは王国と帝国の共同作戦に乗り気ではないようだ。
「ナルシス、ヴァンサン、皇帝の御前ですよ。勝手な意見を差し挟むのはやめなさい。我らは皇帝の意向に従うのみ」
ナルシスとヴァンサンに苦言を申したのは、シャルロット。
長い銀髪を靡かせた美しい女性である。
「シャルロット……」
「ちっ……売国奴が……」
二人はそれでも共同作戦に乗り気ではない。
特にヴァンサンが。
「すまんな、シャルロット。それで国王。こちらからの提案だが、お互いの文化を知るために交流を図ってはどうだろう?」
「なるほど。して、具体的には?」
「我らが帝国立プリュフォール学園に、そなたの息子や娘、魔法学校の優秀な生徒を留学させるというのはどうだろう?」
「リステアードやルイーサ、ミラを? 現在、休戦中とはいえ王国と帝国は争いが長く続いた。そんな場所に可愛い我が子を送りこめと? ふざけたことを」
「辛辣だな。だが、まあ事実か。信じろというのも無理はない。護衛はいくらつけても良い。それとも何か、国王。恐れをなしたか? そなたの子が我が帝国の者に屈服させられるのが」
「くっ……何を……?」
「くく、そうですよ。『パパ~、帝国の人たち怖かったよ~』って、泣きついて帰ってくるのがオチです」
「ふん、そうだな。王国の軟弱な民など直ぐに泣き喚いて逃げ帰るだろう。時間の無駄だ」
「そうですね。残念ながら王国の民では我ら帝国の厳しさにはついてこれないでしょう」
今度はナルシスとヴァンサンだけでなく、シャルロットまで煽ってきた。
彼女は皇帝の意思を汲んで行動するのみだからだ。
「随分な言われようだな」
今まで黙っていたレオンが口を開いた。
「事実ですよ。王国民など弱すぎて助けになりません」
「そうだな。我らだけで十分だ」
「それはこちらの台詞だ。帝国民の力など必要ない。魔王軍の四天王の一角を落としたのは王国だ。なあ、フリードリヒ公?」
「ああ、そうだな。我ら王国側が倒したのだ。帝国ではない」
「な……」
「くっ……」
レオンとフリードリヒ公爵はナルシスとヴァンサンを黙らせた。
「必要はないが、面白いと思う。我が息子エリアスが貴殿ら帝国を力でねじ伏せるところを想像すると。ははは。国王、どうだろう? この話を受けては? エリアスがいればどの様な事態にも対処できる」
「レオン、そなたの言うとおりかもしれん。エリアスがいれば万事上手くいくか。だが、皇帝、覚悟しろ。こちら側に何かあれば、それ相応の報いを受けてもらう」
「分かった。具体的なことは正式な契約を取り交わすことにしよう。将軍たちの発言に失礼があったが、余は本気なのだ。魔族を滅ぼすと。提案を受けて入れてくれたこと感謝する」
ブリュンヒルデが魔王軍四天王の一角を落としたことにより、思わぬ方向に話が進んでいた。
王国と帝国の共同戦線。
エリアスはまだ知らなかった。
自らがこの事態に巻き込まれていくことと、この事態がシャドウとの因縁に繋がっていることを。
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