第89話リステアードVSブリュンヒルデ

 マリーヌ先生から俺たちの処遇について説明があった。


 俺たちはアルベルト派閥からの急襲に対して応戦しただけであり、絶対とは言えないが厳しい処分が下ることはないだろうと。


 マリーヌ先生は教職員会議で俺たちに罰を課さないよう、他の先生たちに掛け合ってみるようだ。


 何だかんだで良い担任だ。


 それに対して、アルベルト派閥は仕掛けた側であり、厳罰は免れないだろうと。

 アルベルト派閥は寮で謹慎している。






 正式に処分が言い渡されるまでは、これまで通り過ごしても良いということだったので、俺は廊下に掲示してある今日の注目の魔法試合を見ていた。


「!?」


 何でこの試合が? 俺は魔法闘技場に急いだ。






「うわあああああぁぁぁぁぁぁ! 待ってましたぁぁぁ!」


「きたあああああああぁぁぁ! 久しぶりのこの対戦カード!」


「みんな!」


「エリアス」


「エリアス君、いらっしゃいましたわね」


 俺はみんなと合流した。


「どうしてこの対戦が?」


「お兄様が元気になられたの」


 俺の問いかけにミラ様は返す。


 今日の対戦カードはリステアード様とブリュンヒルデ先輩だ。


「ミラ、エリアス」


「お兄様」


 リステアード様は既に会場入りしていた。

 リステアード様はアルベルトに敗れ、二週間の挑戦禁止期間を過ごしていた。


 そしてアルベルトに敗れ、塞ぎこんでいた。

 今は元気になられ、二週間経過したので魔法試合に臨むことができる。


「エリアス、感謝する。お前のおかげで余は今一度立ち上がることができた。お前の勇気に余は突き動かされたのだ。もう、誰にも臆することはない。ブリュンヒルデとの長い因縁に決着を付けることにした」


「良かったです。随分お元気になられて。ご活躍期待しています」


「ふふ、ありがとう」


 リステアード様から感謝されるなんて思ってもみなかった。


「そんな口が利けるのは今の内だ、リステアード。今日は実力の差を見せつけてやる。二度と立ち上がれないようにね」


 ブリュンヒルデ先輩だ。

 彼女の雰囲気はいつもと違う。


 いつもは和やかな雰囲気なのに、今日は威圧的で和やかさが薄れている。


「ブリュンヒルデ、余はもう退かぬ。お前の強さは知っているが、余にも譲れぬものがある」


「言ってろよ。ボクに一度も勝ったことがないくせに。速攻で終わらせてあげるよ」






 二人は対戦舞台に入場した。

 審判は……ヴァルデマー学校長だ。


 珍しい。

 というか、初めて学校長が審判をしているのを見た気がする。


「この対戦は何度目になるだろう。感慨深いよ。毎回私が審判を務めてたな。それでは賭ける駒の確認をする。二人とも、どうする?」


「余はポーンで」


「ボクもポーンで。まあ、こんなこと訊くのも意味がないけど。直ぐ終わるから」


 今まで学校長がリステアード様とブリュンヒルデ先輩の審判を務めてきたのか。

 リステアード様がアルベルトに敗れて順位が入れ替わったが、何年も全学年の一位と二位だったんだ。


 魔法試合の慣例になっていたかもしれない。


 ブリュンヒルデ先輩は先程から、リステアード様様を見下す発言をしている。

 こんなキャラではなかったと思うけど。


「分かった。では、始め!」






「行くぞ、ブリュンヒルデ」


「そんなに意気込まないでもいいって。どうせ直ぐ終わるんだし」


 試合開始直後、ブリュンヒルデ先輩の肩から巨大な翼が生える。

 右肩は黄金の翼、左肩からは漆黒の翼。


 ブリュンヒルデ先輩は光魔法と闇魔法の使い手だ。

 俺の初めての冒険者研修の時も、ブリュンヒルデ先輩の双翼は魔王軍を蹴散らしていた。


 リステアード様の氷魔法を、ブリュンヒルデ先輩がその双翼で防ぐ。


「リステアード、君の魔法はつまらないよ。早く楽にしてあげる」


 ブリュンヒルデ先輩の双翼は、リステアード様を襲う。


「ぐっ……く……余は負けぬと決めたのだ」


「はいはい、分かった、分かった。しつこいよ。もういいって」


 ブリュンヒルデ先輩の苛烈な攻撃が続く。

 魔王軍を瞬時に数百、数千と殲滅した魔法だ。


 並みの人間なら一発まともに食らったら消し飛ぶだろう。


「お兄様!」


「ミラ、心配は要らぬ。余は退かぬと決めたのだ。エリアスから貰った勇気は余を変えた。安心して見ていろ」


 ミラ様の不安げな叫びに、リステアード様は落ち着かせるように声を掛けた。


「気持ちだけだ勝てたら苦労しないって。君とボクでは実力が違い過ぎる。その不快な口を塞いであげるよ」


 ブリュンヒルデ先輩の猛攻は続く。


「くう……負けぬ……負けぬ!」


「分かったから、もう負けて。それが君のためだよ」


 ブリュンヒルデ先輩の言い方は腹が立つが事実だ。

 あんな苛烈な攻撃を食らい続けたら、誰でも命はない。


「余にも意地がある。簡単に負けるわけにはいかぬ」


「そんなのいいって。誰も求めてないから。実力差がありすぎるんだもん。しょうがないよ」


「ブリュンヒルデ、お前の強さは認める。だが、余にも譲れぬものがあるのだ!」


「君に認められなくても良いよ。君のこと嫌いだしね。権力に笠を着て生徒たちを跪かせていた。君はみんなの気持ちを考えたことがある? そんなこと強要されたら誰だって不愉快になる。そんな君のことが大嫌いだ!」


「済まないと思っている。余が未熟だった。傲慢だった。謝っても許されることではないだろう。だが、余は変わると決めたのだ。この戦いは贖罪だ」


「は? どういうこと? ボクに勝とうが負けようが君の行為は許されないよ。それに君が変わろうが変わるまいが、ボクにとってどうでもいい。さっさと死んで」


 ブリュンヒルデ先輩の攻撃は本当に相手を殺そうとしている様にしか見えない。

 同級生に向ける攻撃ではない。


「確かに余の行為は許されない。おまえにとって余は取るに足らない存在だろう。それでも余は尊敬するお前に勝ちたいのだ!」


「君から尊敬される? いらないね、気持ち悪い。ボクは心の底から君を蔑んでいる。どうしようもない人間だってね。早くこの世から消えて欲しい」


 二人の気持ちがこんなに違うなんて。

 リステアード様はブリュンヒルデ先輩を尊敬しているのに、ブリュンヒルデ先輩はリステアード様を心底見下している。


「もう君の戯言に付き合うのも疲れた。終わりにするよ」


 黄金の翼と漆黒の翼がリステアード様を容赦なく襲う。


「ぐ……がは……」


 リステアード様は崩れ落ちてしまった。


「く……ここまでか……ブリュンヒルデ先輩、相変わらず強いな。絶え間ない研鑽を続けてきたのだな。真に賞賛に値する。お前が同級生で真に良かった」


「そこまで、勝者ブリュンヒルデ!」


 ヴァルデマー学校長がブリュンヒルデ先輩の勝利を宣言した。

 その瞬間対戦舞台の魔法障壁が解除されている。


「そんな言葉要らないよ。吐き気がする。ゴミ、カス。心底軽蔑するよ。さあ、害虫は駆除するよ」


 そうブリュンヒルデ先輩は言い放つと、リステアード様に近づき足を上げた。

 いけない! リステアード様の頭を踏みつける気だ!


「さあ、終わりだ! ん?」


 ブリュンヒルデ先輩の足は、リステアード様の頭を踏みつけることはなかった。

 俺がブリュンヒルデ先輩の靴を掴んだからだ。


「何をしている、エリアス? 害虫駆除の邪魔をしないで」


「ブリュンヒルデ先輩こそ何を言っているんですか? リステアード様は害虫なんかじゃない!」


「害虫だよ。傲慢な害虫だ。駆除しないとね」


「そんなことさせません! リステアード様は俺が守る!」


「エリアス……ありがとう……」


 リステアード様は無事だ。

 意識は多少朦朧としているが


「お兄様、大丈夫ですか? ヒール」


 ミラ様はリステアード様を回復した。


「ああ、ミラ。済まない。心配をかけて」


「良いのです。お兄様が無事ならば」


「「リステアード様!」」


 リステアード様の派閥が駆け寄る。


「お前たち、無様な姿を見せてしまったな……済まない」


「謝らないで下さい。我らの主君はリステアード様のみ。一生付いて行きます」


「お前たち……ああ、ありがとう」






「美しい兄妹愛だね。こんなクズにも心配してくれる人がいるなんて。羨ましいよ。王様の子供に生まれたってだけでこんなに厚遇されるなんて。あ~あ、世の中って不平等だな」


「黙れ……」


「ん? 何か言った?」


「黙れと言っている! ブリュンヒルデ先輩、いや、ブリュンヒルデ! 俺との勝負を受けろ! リステアード様は貴方を尊敬していた。なのに、貴方はリステアード様のことを害虫などと!」


 俺は感情が昂って口調が抑えられなくなっている。

 上級生に失礼とか考える余裕もない。


「相手が尊敬してるから、こっちも尊敬しろと? 何だい? その理屈。嫌だね。僕は尊敬したい人を尊敬する、見下したい人を見下す。誰にも口を挟ませないよ」


「尊敬しなくても良い。見下すなといっている! リステアード様にも良くないところはあった。でも彼は変わると誓った。それを貴方は……貴方は…… 簡単に踏みにじって」


「ならば魔法試合で白黒つけるかい? さっき、君が挑んできたんだし」


「ええ、本当はリステアード様の想いを分って欲しかったですが、それしかないようですね。俺はリステアード様のために戦います。負けられない、絶対に負けられない!」


「エリアス、ありがとう……ありがとう」


「ふん、そんなに堅くなってたら勝てる者も勝てないよ。リラックス、リラックス。僕はリステアードのことは見下してるけど、エリアス、君のことは尊敬してるよ」


「俺を?」


「うん。理由は一杯あるけど、君のことは尊敬してるし戦いたいんだ」


 よく分からないな。

 ブリュンヒルデ先輩から尊敬される心当たりがない。


「では、期日は改めてご連絡します」


「その必要はない。今からやろう」


「え?」


 まさか、連戦をしようというのか。

 いくらブリュンヒルデ先輩でも無茶だ。


「ボクは全然消耗してないから良いよ。リステアードなんかにボクを消耗させることなんて出来ないから」


 ルール的には問題ない。

 敗者は挑戦禁止期間が設けられるが、勝者は挑戦を受け続けなければならない。


「話は聞かせてもらったよ。早速始めるんだね? 君たち?」


「ええ、俺は構いませんが、ブリュンヒルデ先輩、負けたからといって言い訳しないで下さいね?」


「面白いことを言うね、エリアス。君のそういうところも好きだよ」


「?」


 またよく分からないことを言っている。

 今、好きだと言われた気がするが気のせいだろうか?


 魔法学校最強の女性と戦うことになった。

 リステアード様のためにも負けるわけにはいかない。



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