第88話アルベルトの本音
「貴方たち、何やってるの? 止めなさい!」
マリーヌ先生が俺たちの戦いを制止した。
彼女は殿を務めていたはずなのに、何故?
「あらかた魔王軍は片付けたので、前線に来てみればこれは何なの? 他にもアルベルト君の派閥が不可解な動きをしていた。説明しなさい」
「……」
アルベルトは黙っている。
戦意を失って表情に精気がない。
「マリーヌ先生、差し出がましいようで申し訳ありませんが、私からご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ……」
ギルドの職員さんだ。
報酬の査定のために、冒険者研修の時は俺たちを遠巻きから観察している。
彼らは査定のために動いているのであり、俺たちの戦いに助けに来ることはない。
戦いの助けに来ない、こちらの戦いに口を挟まない、ギルド職員さんが珍しく口を開いた。
「私どもはいつも通り報酬の査定のために、生徒さんたちの戦闘を拝見させていただいておりました。最初はいつも通り危なげなく依頼を遂行されている様に見受けられました。ですが、いつもと違和感がありました。アルベルト様のお仲間たちがエリアス様のお仲間を分断する動きをされていたのです。そして、アルベルト様のお仲間はエリアス様のお仲間に襲いかかっていたのです。エリアス様とそのお仲間は仕方なく応戦されたのです。私どもは査定のためだけに動いております。ですが、どうしても口を挟まずにはいられなかったのです。国の安全を守っていただいているエリアス様には。そして、ギルドの利益を上げていただいている、ふふ」
「そうだったのですか……わざわざご説明ありがとうございます」
「いえいえ、エリアス様には感謝してもしきれませんから。では私は失礼します」
職員さんは去って行った。
といっても、ギルドに帰ったわけではなく、観察業務が残っているので、遠巻きから俺たちを見ている。
「そういうことだったのね。エリアス君は正当防衛だったとしても、アルベルト君は学校に戻ったらしっかりとこの件について説明してもらうわよ」
「……」
マリーヌ先生の口調は厳しいが、この場でアルベルトに説明は求めないらしい。
アルベルトは戦意を失っているし、戦闘はほぼ終わったとはいえ、まだ魔王軍は残っている。
この場に長居するわけにもいかない。
これから残存勢力を討ちながらギルドに戻ることになる。
「アルベルト!」
俺たちがギルドに戻ろうとしているときだった。
エミリーが上空から降下してきた。
エミリーがアルベルトの目の前まで駆け寄ると、パチンッ! という音が辺りに響いた。
エミリーがアルベルトの頬を平手打ちしたからである。
「エミリー……」
「何でよ!? 何でこんなことしたの!? あんたがエリアス君に勝てるわけないでしょ! 身の程を知りなさい!」
エミリーの怒声が辺りに響き渡った。
「何でか……? 何でなんだろうな……」
アルベルトはうわ言の様に呟いている。
「ちゃんと答えなさいよ! あんたが……あんたなんかが……うう……」
エミリーの感情は昂り、声にならない。
「エミリー、やめてくれ。アルベルトは強かった。俺たちは死力を尽くして戦った。結果は俺が勝ったが、どっちに転んでいてもおかしくなかった。それに好きな娘からそんな風に言われたら、プライドが傷つく」
しまった……余計なことまで言ってしまった……。
エミリーの発言につい口を挟まずにいられなかった。
「え? えええええぇぇぇぇぇ!!! ちょ、ちょっとどういうことぉぉぉ!!!!」
エミリーは赤面して絶叫している。
「ちっ……エリアス、余計なことを……」
「否定しないんだな? それに元気になったじゃないか?」
「黙れ」
アルベルトの目に精気が戻った。
「ちょっと、本当にどういうことなのよぉぉぉ! えええええぇぇぇぇぇ! 本当なのぉぉぉ!?」
エミリーは驚愕しすぎて、事態が飲み込めていないようだ。
「ちっ……気付いてなかったのかよ。鈍感すぎるだろ……そうだよ、僕がエリアスに勝ちたかったのは、エミリーに認めて欲しかった……弱い男だって思われたくなかった……好きだって言って欲しかった。そうだよ……今になって気付いた。僕の気持ちに。う……う……うあああああぁぁぁぁ!」
辺りにはアルベルトの慟哭が響き渡った。
「アルベルト……私はアルベルトに強くなって欲しかったわけじゃない。前の優しいアルベルトが好きだった。ううん、優しくなくてもいい。アルベルトはアルベルト。そこにいてくれるだけで良かったのに。何で私はそのことを忘れていたの……う……うう……」
エミリーから嗚咽が漏れている。
「エミリー……」
俺は何て言っていいか分からない。
アルベルトは俺に歩み寄って来た。
「エリアス、今回は僕の負けだ。でも必ず僕は貴様に勝ってみせる。首を洗って待っていろ」
「ちょっと、アルベルト! もういいでしょ? もう、強くなくたっていいって言ったじゃない?」
アルベルトに闘志が戻ってきた。
エミリーはその様子に困惑している。
「ああ、いつでも来い。今度はこんなかたちでなく、魔法試合でな。エミリー、男という者は負けたままでは終われないのさ。俺は負けない。心配することはないさ」
「くくっ、僕がそんな約束守ると思うか? 僕は僕の好きなようにやる。くくっ」
「ったく……」
アルベルトは言っているが、もうこんなことはないと信じたい。
勝負がついたからといって、以前の優しくて純粋なアルベルトには戻らなかった。
だが、戦いの前の邪悪さは幾分和らいだように見える。
心なしか、表情や声色が優しくなった。
「もう前線の魔王軍は片付いたし帰るわよ」
マリーヌ先生から帰還指示が出た。
俺たちはこれからギルドに戻る。
俺とアルベルトの関係は五年間には戻らなかった。
戻らなくていい。
人は変わっていく生き物だ。
これから新たな関係を築けばいい。
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