第80話エリアスの妹

 朝のホームルームでマリーヌ先生が女性を伴って来た。

 俺はその女性を知っている。


 マリーヌ先生がその女性を紹介している。


「フィオナ・フォン・ディートリヒさんよ。みんな、仲良くしてあげてね」


「フィオナ・フォン・ディートリヒです。よろしくお願いします」


 フィオナだ。

 俺は驚愕した。


 人生で一番驚愕しているかもしれない。


 フィオナの耳は人間の様に短くなっているが、それ以外は一緒だった。

 ジンさんの魔法で姿を変えているのだろうか。


「ディートリヒ……?」


「エリアス君の血縁?」


「エリアス君の姉? 妹? いや、同学年だからおかしいか」


「エリアス君に似てない? とても美しいわ」


「そうね。エリアス君にそっくり」


 教室中が騒然としている。


 いやいや、俺には妹はいないぞ。

 姉はいるが、リア姉様とレア姉様だけだ。


 他に姉はいない。


「ほらほら、みんな騒がない。フィオナさん、みんなを落ち着かせるために、説明してくれる?」


「はい。私はエリアスお兄様の双子の妹です。顔はそっくりでしょ? 二卵性ですけど。私は病気で入学が遅れてましたけど、それもすっかり良くなり、晴れてこの学校に入学することができました。よろしくお願いします」


 良くこんな嘘が思いつくな。

 一体何事だ?


「エリアス君、妹いたのか~。凄い美人だ」


「エリアス君、フィオナさんを紹介してくれ~。正直タイプだ~」


「凄い美人。流石エリアス様の妹君ね~」


「ほんと憧れちゃうわ。美人というだけでなく、エリアス様の妹なんて」


 さらに教室が騒然とする。


「はいはい、みんな、静かにして。席はエリアス君の横よ」


 フィオナが近づいてくる。

 俺の心臓は早鐘を打っていた。


 いつもはこんなことないのに。

 魔法試合でも緊張することはないのに。


 さらにフィオナとの距離が近づいてくる。

 どんな言葉をかけてくるのだろう。


「お兄様、お久しぶりね。お兄様と同じ学校で学べるのは嬉しいわ」


 誰がお兄様じゃ! とは、口に出してツッコめなかった。


「ああ、久しぶりだな、フィオナ。体は良くなったのだな。安心したぞ」


 どうせ、母上の差し金だな。これは。

 俺はこの茶番に付き合うことにした。


「ええ、おかげさまで。お兄様、ご心配おかけしましたわ」


 フィオナはウインクしてきた。

 やかましいわ。


「エリアスに妹っていうか、ディートリヒ家にリアさんとレアさん以外の女性がいたなんて初耳だわ。エリアス、そんな話してなかったわよね?」


 ヤバい。

 この国の事情に精通しているミラ様からしたら、公爵家に知らない女性がいたなんて違和感しかないだろう。


「フィオナは生まれつき体が弱く、床に臥せりがちだったのです。そのため、外に出ず引きこもりがちだったので、今まで存在を知らない人が多かったのです」


「ふ~ん、そうなのね。あ、私はミラ・フォン・アスルーンよ。よろくしくね、フィオナ」


「よろしくお願いしますわ、ミラ様」


「ミラでいいわ。敬語も必要ない。エリアスの妹なら」


「その様なわけにはいきませんわ。他に示しがつきません」


 何で俺が急な茶番に付き合わなければならない。

 都合のいい言い訳なんて思いつかないし。


 みんなを騙すのは罪悪感もある。


 全て母上の仕業だろうが、ここまでするか? ディートリヒを名乗っているということは、戸籍まで改竄しているはずだ。


 となると、父上の協力が必要不可欠だ。

 何やってるんだ、父上……。






 ホームルームが終わると、俺はフィオナの腕を掴んで人がいない場所まで連れてきた。


「痛い、痛いですわ、お兄様」


「何だよ、そのキャラ。猫被って。それにお兄様って、俺に妹はいない」


「エリアス、会いたかった……、会いたかったよー、うわーん!」


 フィオナは俺の胸に飛び込んできた。


「ちょ……ちょっと、まずいって……誰かに見られたら」


「見られてもいい。兄妹なんだから。あ、でも兄妹で抱き合ってるのもおかしいか」


 フィオナは俺から離れてくれた。


「悪かった……急なことで動転してた。痛かったろ?」


「いいのよ。エリアスに会えたのなら他はどうでもいい。気にしないで」


「ああ、ところでどういうことなんだ? 大体の察しは付くけど」


 フィオナから説明があった。

 フィオナが寂しそうにしていると、母上が声をかけてきて、好きな様に生きれば良いと後押ししてくれた。


 俺に会いに行きたいのであれば、会いに行けばよいと。


 ハーフエルフ特有の長い耳はジンさんの魔法で短くなった、というより、他の者から短く見えている。


 名前はフィオナ・フォン・ディートリヒを名乗りなさいと。

 俺の妹という設定であると。


 何故そんながばがば設定がこの学校で通っているのか、フィオナも知らないらしい。

 恐らく、父上の力が働いているのであろう。


「ったく、あのバカ父とバカ母が……」


「でもその人たちのおかげで私たち再会出来たじゃない? う……うう……」


 フィオナは嗚咽を漏らしていた。


「あれ? エリアスが女の子泣かしてる」


「ほんとだ。エリアス、何をしたのか知らないけど、女の子を泣かせるなんて姉として恥ずかしいわ。父上も貴方をその様に育てなかったでしょ? ところでその娘誰? 同級生? 見ない娘ね?」


 人気のない場所を選んだつもりだが、姉様たちがいた。


「貴方たちの妹です」


「は?」


「え? どういうこと?」


「あ……」


 俺は反射的に口に出してしまった。

 姉様たちは母上のことは知っている。


 フィオナのことは知らないが、これからフィオナはディートリヒを名乗るのだから、話して良いのか俺は逡巡している。


「フィオナ、姉様たちに話してもいいか?」


 俺は意を決した。


「お姉様たち、お久ぶりです。フィオナです」


 フィオナは俺の問いかけに応えることもなく、姉様たちに挨拶した。


「は?」


「え? この娘何を言ってるの? エリアス?」


 俺は話が拗れそうなので、姉様たちにフィオナのことを説明した。


「とんでもないことになってるわね。父上も関わっていると見て間違いないわね」


「そんなことが。父上はエリアスに甘いわね」


「はは、申し訳ありません。このことは口外禁止でお願いします」


 姉様たちは、母上のことを知っているので話したが、他の者は知らない。

 フィオナがハーフエルフだとバレるとどの様な事態になるか予想できない。


 悪いが姉様たちにも秘密の共有をしてもらわないといけない。


「分かったわ。よろしくね、フィオナ。妹と思うと急に可愛くなってきたわ」


「ええ、確かに。私は無口だし、口が堅い。任せなさい。それにしてもこの年で妹ができるなんてね。よろしく、フィオナ」


 レア姉様、説得力皆無だ。


「よろしくお願いします、リア姉様、レア姉様」


 キーンコーンカーンコーン――予鈴が鳴った。

 授業が始まる。


「それじゃ、また、フィオナ。エリアス、フィオナを守りなさいね」


「まだ会ったばかりなのに可愛く思えてきたわ。エリアス、フィオナを悲しませたら承知しないわよ」


「分かりました。必ず守ります。行こう、フィオナ」


 俺はフィオナに呼びかけたが、フィオナは赤面し俯いていた。


「あ、すみません、お兄様。ボーっとしてました。行きましょう」


 またフィオナは猫被りモードになった。

 レア姉様の言う通りこの年で妹が出来るなんてな。


 必ず守るという言葉は破らないと、俺は心に誓った。


 

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