第79話本当の気持ち

 魔法学校は不穏な空気が漂っているが、半魔の庭は平和そのものだった。

 ゲートのおかげで人間は入ってこれないし、住んでいる魔族もレイラが見極めているので、平和な日常が脅かされることは一切ない。


 レイラは普段屋敷から出て住人の様子を気にしている。


「こんにちは。体調はどうですか? お変わりない?」


「ええ、おかげさまで。お気遣いありがとうございます」


 レイラは住民から名君として崇められている。


「こんにちは。お変わりないですか?」


「ええ、大丈夫です。相変わらず綺麗ね、レイラ様」


「やだ、こんなおばさんに綺麗だなんて」


 住民からのお世辞もまんざらではない様子だ。






 レイラが住民の中で一番気になっているのはフィオナだ。

 人間から迫害されて各地を転々としていたハーフエルフ。


 エリアスが久しぶりに半魔の庭を訪れたと思ったら、ハーフエルフの少女を連れてきた。

 その少女をレイラは保護した。


 フィオナの中にある邪悪さを感じ取っていたレイラは当初、彼女の危うさを危惧していた。

 でも、それは杞憂であった。


 フィオナは半魔の庭に溶け込んでいた。

 当初感じられた危うさも鳴りを潜めていた。


「フィオナ、どう? ここの暮らしは?」


「レイラ様。レイラ様には感謝してもしきれません。飢えに苦しむことも安全を脅かされることもありません。みなさんも優しく充実した日々を送っています」


「そう、良かったわ。でも、本当はやりたいことがあるんじゃないの?」


「本当にやりたいこと?」


 フィオナには心当たりがあった。

 でもそれを口に出すのは憚られる。


 助けてくれたレイラを裏切ることになるのではないかと。


「誰かに気を使って生きる必要はないのよ。自分の心に正直になって、フィオナ。貴方のやりたいことをやればいいのよ」


「そ……それは……。それに、私ハーフエルフだし……」


「それについては大丈夫よ」


「?」


「ジンさん、お願い」


「分かった」


 ジンと呼ばれた魔族はフィオナに何らかの魔法をかけた。

 そうすると、フィオナの長い耳は人間の様に短い耳になった。


 ジンは幻術魔法使いの魔族だった。

 半魔の庭には人間の見た目で生活している魔族がいる。


 その魔族に幻術魔法を使って、姿かたちを変えているのがジンである。


 耳が短くなったフィオナは人間の様な見た目であった。

 エルフの血が半分入っているので、美しすぎる気もするが、人間にも人並外れて美しい者はいるので、フィオナを知らない者からしたら見分けるのは困難だろう。


「こ……これは……?」


 フィオナは自分の耳を訝し気に触っている。


「迷惑だったかしら? 勝手に姿を変えてごめんなさいね」


「いえ……でも、どうして……?」


「人間世界で暮らしたいんでしょ? というより、エリアスのところに行きたいでしょ?」


「そ……それは……今まで保護していただいた恩がありますし」


「いいのよ、気にしてなくて。人生一度きりなんだから、やりたいことやらないと後悔するわよ。今は人間の見た目をしているので、半魔の庭の外に出ても迫害されないでしょうし」


「本当に……いいのでしょうか?」


「ええ、魔法学校の入学手続きはこちらでやっておくわ。問題なく人間として生きられると思うわ」


「は、はい。ありがとうございます、レイラ様」


(エリアス君に会える? もう二度と会えないかもしれないと思っていたのに。それがこんなかたちで……)


 フィオナの頬には、一筋の涙が伝っていた。


「そうと決まったら制服とかの準備が必要ね。楽しみだわ、フィオナの制服姿」


 レイラはそれに気付いたが、気付かないフリをした。


「楽しんでね、学生生活」


「はい、ありがとうございます」


 フィオナとエリアスの再会は近い。


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