第78話アルベルト派閥

「や……やめてください……僕、何もしてないじゃないですか」


「うるせえ! お前みたいな気弱そうな奴は虐めたくなるんだよ」


「そうですよ、貴方みたいに気弱そうな人は無性に虐めたくなるのです」


 気弱そうな男が、二人の男から絡まれていた。

 目つきが鋭く、狡猾そうな男の名前はハーゲン。


 もう一人のモノクルをかけた利発そうな男はフランツ。

 エリアスとミラに派閥に入れて欲しいと打診したが、断られた男である。


 フランツはその後リステアード派閥に入っていたが、リステアードに利用価値がないと判断し、アルベルト派閥に入っていた。


 二人は飛ぶ鳥を落とす勢いのアルベルトの傘下に入った入ったことで、気が大きくなっていた。

 虎の威を借りる狐のようになっている。


 そして、退屈凌ぎに弱い者いじめをしていた。

 絡まれている男はバーニー。


 黒眼黒髪、気弱そうな男で五年前のアルベルトを彷彿とさせないでもなかった。


「やめてください。僕が何をしたって言うんですか?」


「うるせえ! お前は黙って虐めれれてればいいんだよ!」


「そうですよ。貴方は虐められる運命なのです」


「そ……そんな……」


 周りにいる生徒は見て見ぬふりだ。


「やめろ、お前たち」


 その中で、彼らの行為を咎める者がいた。

 アルベルトだ。


「「アルベルト様……」」


「派閥の品位が落ちる。いつ僕が弱い者虐めをしろと言った? その様な行い許さんぞ」


 冷酷非道に見えるアルベルトにも人間の心は残っていた。

 弱い者を虐めるのは許せない。


 彼が討つと決めているのは、強者だけ。

 自分より下の者を虐げることは、自らを貶める行為だと思っている。


「申し訳ございません、アルベルト様。アルベルト様の品位を下げるつもりはなかったのです。おい、ハーゲン、お前も頭を下げろ」


「あ、ああ、すまねえ、アルベルト様」


 フランツはハーゲンの頭を掴んで無理やり頭を下げさせた。


「行くぞ、お前ら」


「はい」


「ああ」


 アルベルトたちは先に進もうとしていたが、ふと、アルベルトは後ろを振り返った。

 そこではバーニーが震えていた。


「お前は悔しくないのか? 何も咎められる様なことをした覚えなどないのだろう? 何故怯えている?」


 アルベルトはバーニーに以前の自分自身を重ねていた。

 以前の気弱な自分を。


 そこに苛立っていた。


「た……確かに僕は何も咎められることをした覚えはありません。でも、その人たちが怖くて……」


「何も自分自身に責がないと思うのなら堂々としていろ。付けこまれるぞ」


 その言葉はバーニーにというより、過去の自分自身に対する言葉であった。


「はい、分かりました」


 アルベルトは一瞬逡巡する。

 そして、ある言葉をバーニーに投げかける。


「僕と一緒に来ないか? 変わりたいんだろう?」


「お、おい、アルベルト様……そんな足手纏い入れてもしょうがねえだろ」


「アルベルト様、その様な矮小な存在など我がアルベルト派閥には必要ありません」


「黙れ! 僕に意見するな。僕が決めたことだ。どうする、お前? 名を何と言う?」


「ひい!」


「お、お許しを……」


「バーニーです。僕は変わりたい! 僕は強くなりたいです! 弱く馬鹿にされる人生はもう嫌です! 僕の方こそお願いします。仲間に入れて下さい」


「いいだろう。ついて来い、バーニー」


「はい」


 バーニーの意志は強い。

 強くなりたいという。


 彼にはアルベルトが英雄に見えていた。

 だが、実際は悪魔の様な存在とも知らず。






「バーニー、殺したほど憎い相手はいないのか?」


「僕は弱い自分が憎いです」


「そうではない。他人だ。殺したいほど憎い他人だ」


「そんな……殺したい相手だなんて、怖いです……でも……」


「でも何だ? 言ってみろ?」


「そこの二人は憎いです。僕は何もしていないのに因縁をつけてきて」


「おい、てめえ! 舐めてんのか、おお?」


「そうですよ、私への侮辱は許しませんよ」


「黙れ、お前たち! こっちで話してるんだ。関係ない者は口出しするな」


「は……はい……申し訳ございません」


「すまねえ、アルベルト様」


「バーニー、その殺したい気持ちを二人に向けるんだ。そして、頭の中で黒い鎖を思い浮かべろ。その鎖で二人を縛るイメージを持て」


「は……はい。アルベルト様」


「そりゃねえぜ、アルベルト様」


「そうです、アルベルト様」


「黙れと言っている!」


「だが流石にそれは……」


「アルベルト様……」


 アルベルトに心酔しているとはいえ、二人はこの事態を看過出来なかった。

 闇魔法を食らいたくないからだ。


 そんな二人の様子など関せずバーニーは頭の中で漆黒の鎖をイメージしていた。

 アルベルトに関わることで、バーニーの気弱さが薄れている。


 バーニーの頭の中のイメージが強くなってくると、二人を漆黒の鎖が縛った。


「ぐっ……」


「ぐ……まさか……」


 驚くべきことに、すんなりと闇魔法を発現させてしまった。

 闇魔法の才能があったのだろう。


「ぐ……ふうふう……はあ……」


 だが、魔力切れを起こして、鎖は砂がサラサラと舞い散るように霧散した。


「いいぞ、バーニー。初めてでそこまで出来れば上出来だ。魔法はイメージが大事だ。自らと向き合え。殺したい相手がいるのなら、躊躇せずにそのイメージを大事にしろ」


「はい、アルベルト様」


 当初、バーニーは純粋に強くなりたいだけだった。

 悪に染まる気など毛頭なかった。


 それがアルベルトに関わることで彼の運命を変えようとしていた。

 アルベルト自身も、始めはただ強くなりたいだけだった。


 それがシャドウとの出会いで彼の運命を変えてしまった。

 自らの身に起こったことを、バーニーで再現しているのであった。



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