第66話もう一人の主人公

「エリアス君、待って」


 中庭を一人で歩いていると女性から声を掛けられた。

 リズベット・フォン・ココシュカ先輩だ。


 高等部三年で生徒会長だ。

 原作では生徒会があり、この世界でも当然存在した。


 生徒会関係のイベントも多数用意されていたと思う。


「リズベット会長」


「私のこと知ってくれてたんだ、嬉しい」


 原作知識で知っていたというのもあるけど、生徒会長の顔は気になっていたので知っていた。


「有名人ですから」


「やだ、有名人なんて。エリアス君ほどじゃないわよ」


 俺が有名人? 新入生だからそんなことないと思うけど。


「?」


 俺は続きを待った。

 生徒会長が雑談をしに来たわけではないだろう。


 何か要件があって俺を引きとめたのだろう。


「こっちで話聞いてもらえるかな?」


「はい」


 リズベット会長は近くにあったベンチを指差した。






「エリアス君、突然で悪いけど生徒会に入ってくれないかな? 楽しいと思うよ。どうかな? どうかな? どうなのかな?」


「生徒会って楽しむ様なところではないと思うのですが」


 予期していない勧誘だった。

 俺は生徒会のことは完全に頭の中から抜け落ちていた。


 自分が強くなりたいというのもあったし、アルベルトのこともあった。

 他のことを考える余裕などなかった。


「楽しいよ、私が。エリアス君と毎日一緒の空間で過ごせるなんて考えただけで幸せ」


 お前がかい! とはツッコめなかった。

 仮にも生徒会長だ。


「強制でないのなら辞退したいと思います。俺は戦闘のこと以外は無知で、とても生徒会でやっていけるとは思えません」


「仕事なら私が教えるわよ。色々勉強になると思うし。見学だけでもどうかな?」


 リズベット会長は胸元に手を当て、上目遣いで目をうるうるさせている。

 生徒会長というと、もっと威厳のある方かと思ったら、小動物みたいだ。


 ここまで懇願されると断りづらい。

 反則だろ。






「るんるん♪」


 とても生徒会長のテンションではない。


「会長、なんすか、そいつ?」


 生徒会室が近づいてきたところで男子生徒に話しかけられた。

 栗色の髪の毛先を遊ばせ、制服を着崩した生徒だった。


 そして、その男子生徒に見覚えがあった。

 あったというより、ありすぎた。


 カイ・ラインフェルト。

 大罪英雄と運命の勇者はフリーシナリオであり、主人公が選べる。


 アルベルトが中等部編の主人公として選べるのに対して、カイは高等部編の主人公だ。

 アルベルトに続いて、原作主人公との邂逅だ。


「エリアス君。ディートリヒ家の。知ってるでしょ? 有名人だから。生徒会に入ってもらおうと思って」


「あぁ~、ディートリヒ家は知ってますけど、その子供は知らないです。興味もないですし。でも、何で?」


 カイ先輩はあからさまに俺に対して敵意むき出しだ。


「優秀な人間をスカウトするのも私の仕事。新入生の序列一位よ。それに私のタイ……おほほ、何でもないわ」


「こいつが優秀? 序列一位? こんな冴えない奴が?」


「ちょっと、カイ! 言い過ぎだって」


 カイ先輩を咎めたのはオティリア・トレッチェル先輩だ。

 原作では高等部編のヒロインである。


「そうよ、それにエリアス君への侮辱はディートリヒ家への侮辱よ。この国でそれがどれほどのことか貴方は分かっているでしょ? それに私が許さないわよ」


 リズベット会長はカイ先輩に非難の視線を向ける。


「そんな~、会長に嫌われたら俺生きていけないですよ。会長、こんな奴ほっといてどこか遊びに行きましょうよ」


「貴方みたいに軽薄な人は興味ないの」


 リズベット会長、辛辣だな。

 事実だけど。


 カイ先輩が俺を見下してくるのは、嫉妬からだろう。

 カイ先輩のリズベット会長への態度はあからさまで、恋愛に疎い俺でも容易に見て取れる。


 リズベット会長のカイ先輩に対する態度は、俺と話していた時とは正反対で、拒絶が見て取れる。


「リズベット会長、提案なんですけど」


「何? 生徒会に入ってくれる気になった?」


「そんなこと一言も言ってないですけど。でも、俺の提案を受け入れてくれたら生徒会に入ってもいいですよ」


「お~、何でも聞くわよ」


 リズベット会長、そこまで俺を生徒会に入れたいのか。


「俺とカイ先輩で魔法試合をして、俺が勝ったら生徒会に入らない、負けたら生徒会に入る。どうですか?」


 俺は舐められたままなのも癪なので、カイ先輩と魔法試合が出来る流れに持ち込んだ。


「う~ん、どうしようかな……エリアス君が生徒会に入る確率があるのは嬉しいけど、カイ君如きがエリアス君に勝てるとは思えない」


「リズベット会長、本音が漏れてますけど……」


 リズベット会長、辛辣だな。

 簡単に俺の提案に乗ってくると思ったけど、そこはしっかり勝算を考えてるのか。


 よっぽど、俺を生徒会に入れたいらしい。


「お前、舐めてんの? さっきからその態度ムカつくんだよ」


「あ、俺ですか? そう感じさせたのなら申し訳ありません」


 来た。

 リズベット会長は乗り気ではないが、カイ先輩と試合をして勝てば、生徒会に入らないで済む。


 正直今は自分のことで精一杯なので、生徒会に入る余裕はない。


「いいの、カイ君? とても君の勝てる相手じゃないわよ」


「会長まで俺のこと舐めてますね。いいですよ、やってやります。会長……もし俺が勝ったら……俺と付き合ってくれませんか?」


「断る。私には心に決めてる人がいるの。でも、試合はやる方向でいいのよね?」


 会長、心に決めた人がいるのか。

 誰かは訊かないでおこう。


「……」


 カイ先輩は放心状態だ。

 でも、直ぐに気を持ち直して……。


「やってやる。新入生、覚悟してろよ」


「エリアスです。新入生という名前ではありません」


「てめえ……」


「カイ、止めた方がいいんじゃないの? 相手が悪いよ」


「うるせえ、オティリア。新入生に上級生の実力を見せてやる」


 予期しない形で、アルベルトとは別の原作主人公と邂逅した。

 そして、魔法試合が行われることになった。



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