第61話怠惰英雄リステアード

 皆と中庭を歩いていると、ある一団が進んでいた。

 先頭には男性が一人、他の生徒を引き連れていた。


 派閥って奴だろうか。

 生徒たちは一団を避け、両端に寄って跪いていた。


 跪いている者の中にはルイーサ様やヴィルヘルムがいた。

 ルイーサ様やヴィルヘルムが跪くほどの者なんてこの国にそうはいないと思うけど。


 ミラ様やイルザさんも一団が近づいてくると跪いた。

 俺はどうしたらいいのか分からず、その場に立ち尽くしていると、一団の一人から因縁をつけられた。


「おい、跪け! 貴様は中等部だろう? この学校のしきたりを知らないのか? 我らが通ったら黙って跪け!」


「いや~、よく分からないのに跪けませんよ」


「貴様ー! 名を名乗れ!」


「中等部一年S組エリアス・フォン・ディートリヒです」


「エ……リ……アス……様……レオン様の息子の……ど……どうか……お許しを……」


「はぁ、勝手に絡んできて勝手に許しを請われても困るんですけど……」


 後悔するくらいなら初めから絡んでこないで欲しい。


「ほう、余の前で跪かぬとはな、エリアス」


 一団を引き連れていた男性から話しかけられた。

 見覚えがある。


 と言っても原作でだけど。

 この国の第二王子、リステアード・フォン・アスルーンだ。


 ルイーサ様とミラ様の兄である。

 原作では怠惰英雄だった。


「いや~、何で跪かないといけないのか理由が分かりませんので。私は理由が分からないことはしない主義なので」


「ちょ……ちょっと、エリアス様、リステアード様ですよ。素直に跪いた方がよろしいですよ」


 リステアード様の取り巻きから囁かれたが、俺は従う意味が分からなかった。


「理由か。良かろう、教えてやろう。この国を治める王の、子息である余に跪くことは当然であろう。高貴な身分の者に下賤の者が頭を垂れるのは当然であろう」


「全然意味が分かりませんでした。ごめんなさい。私が馬鹿なのですかね、ははは」


「ふん、食えない奴だ。まあ、エリアス、貴様はレオン様の息子だ。特別に許そう。だが、そこの平民は駄目だ。頭が高い、速やかに跪け」


 俺の他に跪かない者がいた。

 アルベルトだ。


「誰が貴様などに跪くか、生まれがいいだけのお坊ちゃんが。自分が弱いことを認められず、こんなことでしか自らを誇示できないとは、底が知れるな。ブリュンヒルデに負けて万年二位の負け犬が」


「貴様ー--!!! リステアード様に何ということを! 今すぐ頭を下げろ!」


「触るな! 殺されたいか」


「あ……ぐ……あ……」


 取り巻きの男性がアルベルトに無理やり頭を下げさせようとしたが、アルベルトは取り巻きの腕を力を込めて握った。


「やめろ、アルベルト!」


 俺はアルベルトの手を引き剥がした。


「エリアスか……今は貴様に用はない」


「何でだ? 俺と戦いたかってたじゃないか?」


「貴様は後回しだ。僕は好きな食べ物は最後に食べるタイプなんでね。先ずはこの世間知らずのお坊ちゃんに世間の厳しさを教えてやらないと」


「世間知らずのお坊ちゃん? 世のことか?」


「それ以外に誰がいる? ゴミが」


 リステアード様の取り巻きはアルベルトに敵意むき出しの視線を向けているが、先程のことがあり、無理やり頭を下げさせようとはしてこない。


「その言葉万死に値するぞ、下郎が。取り消せ」


「取り消さない。僕と戦え、世間知らずのお坊ちゃん。そこで全てはっきりさせたらいい」


「盛り上がっているところ申し訳ないが、貴様には余と戦える駒がないようだが? 新入生が全学年序列二位に挑めるとは思えんが。残念だったなルールを理解していない新入生」


「あるじゃないか」


 アルベルトは懐からキングの駒を取り出した。


「貴様、正気か? 今なら特別に引き返す権利をやろう。それとも退学でもしたいのか?」


「そのどちらでもない。僕は勝つ」


「とても正気とは思えんな。この学校、いや、この国の強者の実力を見せてやろう」


「リステアード様、よろしいのですか? この様な者など我らにお任せいただければ」


「構わん。直ぐに終わる」


「貴様が負けてな」


「貴様ー--!!! 黙って聞いていれば失礼なことを!」


「何? やるの? 僕はいいけど」


「くっ……」


 取り巻きはアルベルトに恐れをなして、それ以上は言ってこなかった。


 アルベルトの自信はどこからきてるのだろうか。

 いくらなんでも、新入生が高等部三年の序列二位に勝てるとは思えないのだが。


 負ければ即退学なのに。


 思えばアルベルトには力を隠している節がある。

 デレックとの試合でも終始余裕だった。


 切り札を隠し持っていて、それを今回の試合で出してくるつもりなのだろうか。


 リステアード様にも負けられない理由がある。

 王家の人間としての責務だ。


 ルイーサ様も昔は王家の人間としての責務にこだわっていた。

 王家に生まれた人間を妬む者もいるだろうが、高貴な身分に生まれた者にはそれだけの責務が伴う。


 ミラ様とルイーサ様の兄上だ。

 負けて欲しくない想いはある。


 でも、アルベルトのことは何一つ解決していない。

 こんなところで退学して欲しくない。


 俺は複雑な気持ちで試合を観戦することになる。



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