第56話冒険者研修

 今日は冒険者研修。

 魔法学校は卒業後に冒険者になる者が多いため、この様な研修が用意されている。


 在学中に冒険者登録をして、冒険者として活動する者もいるが、研修中は冒険者登録は任意である。


 実際に活動している在学生の活動を見学することができる実技授業である。

 今日の引率はマリーヌ先生だ。


 冒険者研修は学年毎で動くので、エミリーやアルベルトも一緒だ。


「今日は冒険者研修よ。事前に説明した通り在学生で冒険者として活躍している先輩の見学が出来るわ。この中に冒険者になりたい子もいると思うけど、しっかり勉強するのよ。今日は二人の在学生が来てくれてるわ。高等部三年S組ブリュンヒルデ・フォン・フリードリヒさんと、同じく高等部三年S組のヴィルヘルム君よ。二人とも自己紹介よろしく」


「ボクはブリュンヒルデだよ。みんな、よろしくね」


 高等部三年S組ブリュンヒルデ・フォン・フリードリヒ先輩。

 赤髪で、柔和な表情を浮かべた女性。


 穏やかな雰囲気は強者の余裕か。


 魔法学校高等部三年序列一位、高等部序列一位、全学年序列一位、魔王や帝国の将軍すら超える強さと噂される人物。


 そしてボクっ娘だった。


「う……」


「どうしたの、エリアス?」


 俺が頭を押さえていたので、ミラ様に心配されてしまった。


「大丈夫です。心配させて申し訳ありません」


 俺は大事なことを忘れていた。


 ブリュンヒルデ・フォン・フリードリヒ。

 原作で憂鬱英雄だった人だ。


 大罪英雄のリーダーで、原作最強キャラ。

 そして……大罪英雄は七人ではなかった。


 ブリュンヒルデ先輩がいることで思い出した。

 大罪英雄は、傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲に加えて、憂鬱と虚飾を加えた九人だった。


 大罪英雄は九人だったのだ。

 何故俺はこんな大事なことを忘れていたんだろう……。


 でも今は研修に集中しなければならない。

 ヴィルヘルムが自己紹介している。


「俺はヴィルヘルムだ。みんな、緊張してるだろうが、リラックスしろ。俺とブリュンヒルデ先輩がいるからな」


 ヴィルヘルムは以前よりも優しく逞しくなった。

 以前は『気に入らない奴は殴り飛ばす』が口癖だったが、すっかり大人になった。


「じゃあ、みんな冒険者ギルドに行くわよ」


 俺たちはマリーヌ先生、ブリュンヒルデ先輩、ヴィルヘルムに連れられて冒険者ギルドに向うことになった。






 道中、ブリュンヒルデ先輩から話しかけられた。


「君がエリアスだね? 噂は聞いてるよ。強いんだってね。一度戦ってみたいな~、どうかな?」


「いや~、流石にブリュンヒルデ先輩には敵いませんよ。いつかは超えてみせますけど」


「そっか。期待してるよ。ボクの憂鬱を晴らしてくれるのを」


 原作でブリュンヒルデ先輩は憂鬱な感情を抱えていた。

 だれもブリュンヒルデ先輩を楽しませてくれる存在がいないからだ。


 俺は今現在ブリュンヒルデ先輩に勝てる力はないけど、諦めたつもりはない。

 いつか超えてみせる。


「そして、そっちがミラ王女か。よろしくね」


「よろしくお願いいたします、ブリュンヒルデ様」


「様なんてよしてよ。ボクは堅苦しいのは苦手でね」


「畏まりました。ブリュンヒルデ先輩」


「王女様に先輩って言われるのも気恥ずかしいもんだね。もっと打ち解けたら呼び捨てにして欲しいな」


「畏まりました」






「ヴィルヘルム先輩、よろしくお願いします」


「何で敬語だよ、エリアス? 照れくさいじゃねえか」


「先輩のお手並み拝見させていただきたいと思いまして。若輩者にご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」


「うるせえよ、バカ。お前に教えることはない。こっちが教えて欲しいくらいだ」


「ははは、でも本当にヴィルヘルムがどれくらい強くなったのか興味はあるよ」


「まかせとけ、昔の俺とは違うぜ」


 ヴィルヘルムの成長は本当に期待だ。

 五年間の修業の成果を見せて欲しい。






 冒険者ギルドに到着した。

 マリーヌ先生から説明がされている。


「冒険者になるのなら、こちらで登録するわ。今日は研修だからいいけど、今登録したいのならいいわよ。説明お願いできるかしら?」


 マリーヌ先生は受付の女性に冒険者ギルドのシステムの説明をお願いした。


「畏まりました。通常冒険者はZランクから始まり、依頼をこなすことでランクが上がります。最高位はSランクです。ここまで到達出来るのは一握りです。先ずは皆さんはZランクから始まり、こつこつと依頼をこなしていくことになるでしょう。高位の冒険者からの推薦でYランク以上から始めることも出来ます。まあ、そのような方々と知り合う事や推薦を貰うことは容易くないでしょうが」


「ふ~ん、ボクって高位ランクなんだ。どうでもいいけど」


「ブ……ブリュンヒルデ……様……貴方は最高位というよりも、最高の冒険者です」


「そうなんだ。興味ないけど、その褒め言葉はありがたく貰っておくよ」


「流石ブリュンヒルデ。俺なんてまだAだ。まだまだ、精進しないとな、わはは」


「ヴィ……ヴィルヘルム……様も。今日は戦争でも起こるのですか……」


「二人とも、あんまり職員さんを怖がらせないの。それで、誰か冒険者登録する? いないのなら直ぐに二人の仕事を見せてもらうけど?」


「私が登録します」


「エリアス君? 冒険者に興味があったの?」


「正直なかったんですけど、登録しておけば誰の手も借りず自分の力で生きていけると思って」


 現在俺は家の援助があって生きている。

 冒険者として生きていければ、誰の手も借りず生きていける。


 今後俺の進む道は分からないが、自立した生活を送れる選択肢があってもいいだろう。


「そうなのね。分かったわ。職員さん、お願い出来るかしら?」


「エリアス君? もしかして、ディートリヒ家の? エリアス・フォン・ディートリヒ様ですか?」


「ええ。様は付けないでもいいですけど」


「えぇー--!!! 本物ー--!!! 私では対応出来かねます。ギルドマスターを呼んで参ります」


 職員さんは奥にギルドマスターを呼びに行ってしまった。





「エリアス様ですか? 私はこのギルドのギルドマスター、ギ・ルマスです」


 奥から中年の男性がやって来た。


「そうですけど。様は付けなくていいです」


「そのようなわけには……冒険者登録をしたいと伺いました。お父上、レオン様の許可はいただいているのですか?」


「申し訳ありません。この場で決めたことなので、父には話しておりません。父の許可が必要なら出直して参ります」


「ギルマス、認めた方がいいんじゃないの? でないとボク、ここの冒険者登録取り消すよ?」


「ブ……ブリュンヒルデ様、何卒それだけは……」


「俺も取り消そうかな」


「ヴィ……ヴィルヘルム様まで。分かりました。認めましょう。ランクは……困りましたな……どこから始めればよろしいのか……」


「私はZでいいですよ」


「それは駄目です。ううむ……」


 本当に良いのに。

 この場で決めたことだから、そこまで深刻にならないで欲しい。


「ボクが推薦するよ」


「俺もだ」


「ブリュンヒルデ様とヴィルヘルム様の推薦……では、Bランクからでいかがでしょうか? ブリュンヒルデ様とヴィルヘルム様の推薦があるからといって、流石に新人でSやAからというわけにはまいりません。これが最大限の譲歩です」


「だからZからで良いって言ってるのに……話長くなりそうなので、Bランクからで良いですよ」


「いいの、エリアス? ボク、エリアスにはSランクしか相応しくないと思うけどな。気にいらないなら、ボク、この冒険者ギルド辞めるよ?」


「いいのかよ、エリアス? お前がSランクじゃないって言われてんだぞ! ギルマスぶっ飛ばしてやろうか?」


「ひ……ひぃ……ご勘弁を」


 ヴィルヘルム、大人になったという俺の感想を返して欲しい。


「ちょと、ちょっと、二人とも話をややこしくしないで! 俺はBランクで良いって言ってるのに。それ以上話をややこしくするなら俺が相手になるぞ!」


「くっ……ボクが迫力で臆するなんて……こんなことなかったのに……エリアスと戦いたいのは山々だけど、こんな状態では勝負は目に見えている。流石エリアス。すまなかったエリアスが好きなようにしてくれ」


「相変わらずすげえ迫力じゃねえか……変わってねえな……いや、昔以上か。すまなかった。お前の意思を尊重しよう」


「初めからそうしてくれよ……話ややこしくして。ギルマスさん、お願いできますか?」


「は、はい。畏まりました」


 これで一件落着かと思ったら、さらに話をややこしくする人物がいた。


「私も冒険者登録よろしいですか? ミラ・フォン・アスルーンといいます」


 ミラ様だ。

 絶対に話がややこしくなる。


「ミ……ミラ様……お父上の許可は……? いえ、あったとしても私どもではどう対応したらよいのか……」


「ありません。どうにかなりませんか?」


 やっぱりややこしくなりそうだ。

 そこで思わぬ助け舟が出た。


「ミラ、やめな。ギルマスが困ってる」


「そうだぜ、王女様。我儘はそこまでだ」


 ブリュンヒルデ先輩とヴィルヘルムだ。


「そうですか……残念です。でも私は諦めた訳ではありません。エリアスと二人きりで冒険に……って、これは言ったことがないですけど、私の夢です。今は引き下がりますけど、いつか必ず叶えてみせます」


 ミラ様、何故俺と冒険に……益々話が分からなくなってきた。


「ブリュンヒルデ先輩、ヴィルヘルム、俺の時は勧めたのに、何故ミラ様の時は止めた?」


 俺は素直に疑問だったから訊いた。


「そりゃ、王女様だから……」


「なあ、王女様だから……」


「俺だって公爵家の人間だぞ」


 二人には散々話をややこしくされた。


 自立した生活ができる選択肢が出来たのは素直に嬉しいが、二人とも俺を買い被りすぎだった。


 認めてくれるのは嬉しいが、俺は頭が痛くなりそうだった。



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