第49話エリアスVSイルザ

「エリアス君、対戦お願いできませんこと?」


 イルザさんから対戦を持ちかけられた。

 魔法学校での毎年恒例の行事だ。


 入試の成績は筆記の結果を加味しているため、純粋な強さが分からない。

 実技で対戦相手に恵まれた、がり勉が序列一位になる可能性がある。


 そこで、毎年入学早々の序列一位と二位が戦って白黒つけようというのが、恒例行事になっている。


「ああ、分かったよ」





 俺たちは魔法闘技場に場所を移動した。

 教師に対戦が行われることを申告すると、それが正式に受理され試合の運びとなる。


 当日行われる試合は掲示され、その中でも注目の試合は一番上に分かりやすく表示されることになっている。


 恥ずかしながら俺たちの試合は注目の試合に選ばれ、魔法闘技場の観客席は満員になっている。


 審判は高等部二年S組担任アクセル・シュナイダー先生が務めてくれることになった。

 リア姉様とルイーサ様の担任だ。


 基本的に対戦を行う生徒の担任は審判をやらないようだ。

 日頃から指導しているうちに、知らず知らずのうちに生徒に肩入れしてしまう可能性があるからだ。


 どうしても人手が足りない場合は適宜判断でやることもあるようだが、基本的に担任は審判をやらないようだ。


 なので今回はマリーヌ先生でなく、シュナイダー先生が審判を務める。

 既にシュナイダー先生は対戦舞台で準備している。


 続いて俺とイルザさんが入場する。

 対戦舞台と観客席に魔法障壁が展開される。


「くく、毎年恒例の行事だな。入試時一位と二位が戦うのは。俺ぁ、高等部二年S組担任アクセル・シュナイダーだ。堅苦しいのは苦手なんで、アクセルでいいぜ。精々、俺を退屈させないでくれよ。俺ぁ、退屈なのが一番嫌いでよ。それでどうする? 駒は何を賭ける?」


「ポーンを賭けます」


 アルベルトとデレックの試合でお互いキングを賭けるという事態になってしまったが、あれは異常事態だ。


 俺は奇を衒わずポーンを賭けることにする。


「わたくしもポーンですわ」


 当然だが、イルザさんもポーンを賭けてきた。

 キングには相手の意表を突き動揺させる効果があるが、変則的なキャラとは違い基本に忠実な賭け方をしてきた。


「準備はいいか?」


「「はい」」


「では、始め!」


 試合開始直後にイルザさんは氷塊を出現させる。

 氷属性使いだ。


 同属性対決ということになる。


「参りますわよ!」


 その氷塊を俺に向けて飛ばしてくるが、俺はそれを回避する。


「相変わらず何ですの、その素早さは。非常識ですわ」


 そうなのかな? 俺は転生前にやった大罪英雄と運命の勇者だけでなく、RPG全般における常識として魔法は不可避ということに疑問を持っていた。


 追尾してくるならいざ知らず、直線的な魔法なんて避けてしまえばいいんじゃないかと常々思っていた。


 何らかの力が働き、回避できないこともある程度想定していたが、そんなこともなく当たり前のように回避できた。


「くく、確かに。エリアス、お前は出鱈目なことをやりやがるな」


「ちょっと、アクセル先生、審判なんだから口を挟まないでください!」


「くく、お前も試合中に審判と喋ってんじゃねえよ。余裕じゃなねえか」


「ちょっと、お二方、わたくしを置いて話をなさらないで下さいまし」


 イルザさんは今度、氷塊から氷の矢に攻撃方法を変えてきた。

 サイズは小さくなったが、先端が尖っているので当たればダメージが甚大だろう。


 当たらないけど。

 避けるから。


 さらに氷の矢から槍に攻撃魔法を変えてきた。

 迫力はあるが、寧ろ俺にとっては好都合だった。


 矢より槍の方が回避するのは容易だからだ。


「はぁはぁ、素早いですわね。このままではわたくしが消耗していくだけで、勝負は目に見えていますわ。仕方ありませんわ、入試の時には出さなかった切り札をお見せいたします」


 イルザさんの言葉ははったりではない。

 辺りに緊張感が漂っている。


 イルザさんを中心に魔力が集まっている。

 その魔力は形を変えていく。


 アルベルトが魔力を大鎌に変えたように。

 イルザさんの場合は、大鎌ではなく生き物のようだった。


 次第にその形が明確になってくる。

 竜だ。


「いかがですか? これがわたくしの奥の手ですわ。実際にいる氷竜と区別して魔氷竜と名づけましたわ。形勢逆転ですわね」


「奇遇だね、イルザさん」


「?」


「俺も実際に氷竜がいるから、ネーミングはどうしようかと思ってたんだよ。魔法の力で形作った竜だから魔氷竜がいいんじゃないかってね。本当に奇遇だね」


「な……何を仰っていますの……?」


 俺は氷の魔力で竜を形作った。

 魔氷竜だ。


 この五年間、剣の修業もしていたが、魔法の修業もしていた。

 これがその集大成だ。


 しかも、そのサイズはイルザさんの魔氷竜よりも遥かに巨大だった。


「な……わたくしの魔氷竜より遥かに巨大な……そんな……ありえませんわ」


「どうする? ギブアップって手もあるけど?」


 いたずらに損害を与える必要もないと思う。

 実力差を認めてギブアップするのも勇気だ。


「冗談ではありませんわ! 白黒はっきりさせるまではわたくしは引き下がるつもりは御座いませんわ。エリアス君、最後まで付き合っていただきますわよ」


「分かった、決着をつけよう」


 イルザさんの魔氷竜は俺に向かってくる。

 俺の魔氷竜はイルザさんの魔氷竜を容易く噛み砕き、イルザさんに直撃した。


「あ……ぐ……」


 イルザさんの体は宙に吹き飛ばされた。


「ま……まだですわ……わたくしはまだ負けていませんわ……」


 地面に倒れこんだイルザさんはまだ戦意を喪失していない。

 凄い精神力だ。


 俺もそれに応えないといけない。

 この試合は氷属性だけで戦うつもりだったが、雷属性も使うことにした。


 先程のように魔氷竜を展開し、さらに魔雷竜も展開する。


「な……魔氷竜に加えて魔雷竜まで……わたくしにはもう魔氷竜を作りだす力も残ってないというのに……参りましたわ……わたくしの負けですわ」


「そこまのようだな、勝者エリアス」


 アクセル先生は俺の勝利を宣言した。


「わー、すげー!」


「エリアス君、カッコいい!」


 観客席は大盛り上がりだ。

 それとは対照的に、目の前のイルザさんはというと……


「う……う……悔しいですわ……血の滲む様な努力を重ねてきたというのに……届かなかった……」


「イルザ、見苦しぞ。お前は負けたんだ。弱い者は負ける。自然の摂理だ。諦めろ」


「!」


 俺はアクセル先生の無神経な言葉に腹が立った。

 ここまで死力を尽くして戦ってきた者にかける言葉じゃない。


「アクセル先生、それが死力を尽くして戦った者に対する言葉ですか? 取り消してください」


「ほう、面白い。ならば今ここでキングの駒を賭けて俺と勝負するか? お前の主張が正しいのか白黒つけるのも一興だ」


「望むところです。クラスメイトを侮辱されて黙っていられるほど俺は我慢強くない」


「冗談だ、冗談。悪い、許してくれ」


 アクセル先生は手の平をひらひらと振った。


「?」


「俺ぁ、お前らの担任じゃないからちょいとばかり試させてもらったんだ。どんな奴らかってな。特にエリアス、お前はルイーサやリアから散々面白い奴がいるって聞かされてきたからな。俺の悪い癖が出ちまった。すまん」


 アクセル先生は倒れているイルザさんに手を差し出した。

 イルザさんはその手を掴み立ち上がった。


「アクセル先生の仰っていることは間違っていませんわ、エリアス君。わたくしが弱いから負けたのです。その様なことで心が折れるほどわたくしは、やわでは御座いません。見くびらないでいただきたいですわ。フェルゼンシュタイン家の女は強かで御座いますわ」


 イルザさんは俺が思っていたより芯の強い女性だ。

 俺も見習わなくては。


「ところで、アクセル先生」


「何だ、エリアス?」


「俺の挑戦は受けてくれるんですか?」


「だからそれは終わった話だって言ってんだろうが! 話聞いてたのかよ……」


「イルザさんの件は置いておいて、腕試しで戦いたいから受けてくれないかと聞いているんです」


「てめえ……本気かよ……?」


「冗談です、冗談。仕返しですよ」


「てめえ……くく、面白いやつだ。ルイーサやリアが言ってた通りの男だな。暫く退屈しなそうだぜ」


 俺の発言は半分冗談で、半分本気だ

 イルザさんは許したみたいだけど、俺は完全に許したわけじゃない。


 腕試しをしたいというのも半分本気だ。

 だが、現実を見た場合アクセル先生に勝てる実力は今の俺にはないだろう。


 場の流れからしても、ここは矛を収めるしかないだろう。


 魔法学校に入ってからの初めての魔法試合だった。

 なんとか序列一位を死守した。


 試合は恐怖心など全くなく楽しかった。

 こんな試合がまた出来ればと思う。


 

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