第48話中等部一年S組

 アルベルトとデレックの試合が終わり、新入生は各々の教室に向かっている。

 心なしか皆の足取りは重い。


 当然だろう、あんな試合を見せられては。

 魔法闘技場の空気は恐怖に支配されていた。


 D組序列百位のアルベルトに悪夢のような試合を見せられては戦意喪失する者もいるだろう。





 俺、ミラ様、イルザさんはS組に到着し、各々の席に着いた。

 皆が席に着いてから、エルスター先生の自己紹介が始まった。


「はい、皆、よろしくね。マリーヌ・エルスターよ。エルスターじゃなくて気軽にマリーヌって呼んでね。さっきの試合で審判を務めたからもう知ってるわね。楽しい学生生活が始まるわね。みんなで頑張っていこう」


「「「……」」」


「どうしたの、みんな? 暗いわね。さっきの試合ね?」


 S組の空気は重い。

 自分たちは選ばれし存在と自負し入学してきたのに、D組の人間に常軌を逸した力を見せつけられては意気消沈もするだろう。


 精鋭揃いのS組でもこの空気だから、他の教室はどうなっているのだろう? エミリーはB組だった。


「ったく、だから私は反対って言ったのに……あぁ、気にしないで。独り言だから。困ったわね、こうなることはある程度想定していたとはいえ、流石に入学早々これは看過出来る事態ではないわね……」


 マリーヌ先生は教室全体に流れる重苦しい空気を嘆いているようだ。

 責任を感じているようにも感じる。


「これは教職員会議の話だから、本来言うべきことではないけれど、仕方ないわね。D組の彼……アルベルト君だけど、入試の実技の結果だけから言うと二位相当の実力があるという見解があるの。何故序列百位になってしまったのかは特別な事情があって言えないけど、みんなが気落ちすることはないわ。実際に彼の魔法を受けた私から言わせてもらうと、例年の新入生であれほどの子はいないわ。本来あり得ない事態に直面して意気消沈してると思うけど、みんなは優秀な成績を叩き出して入学したのよ。自信を持って」


「特別な事情ってなんだよ」


「もしかして魔族……?」


「みんな、落ち着いて。彼が魔族ということは絶対にないわ」


 生徒たちはざわついている。

 マリーヌ先生が励まそうとして言ったことが、逆に混乱を齎している。


「聞き捨てなりませんわ!」


 教室中は喧騒に包まれているが、それを打ち消すほどの声が教室中に響き渡った。


「え……何が? イルザさん?」


 マリーヌ先生はイルザさんの発言に困惑している。

 でも俺は彼女の言いたいことが分かる。


「アルベルト君の実技の成績が二番だというならばわたくしより上ということになります。その発言は看過できませんわ。わたくしが二位だということを声高に主張したいのではありません。わたくしは常に一番を目指しております。アルベルト君にもエリアス君にも負けるつもりはありませんわ。現時点ではエリアス君に劣ることは認めざるを得ないですが、必ず勝って見せますわ。皆様もそうではありませんの? 一番になりたい人、王宮職に就きたい人、冒険者になりたい人、色々な目標を持ってこの学校に入学してきたと思いますが、皆様の元々の思いは優秀になるという事ではありませんの? 言い換えれば負けたくないとも言えますが、どうですの?」


「確かに……」


「何で俺たち落ち込んでたんだよ……」


「そうだよ……私たち優秀になるために入学してきたのに意気消沈して馬鹿みたい……」


 イルザさんの発言は教室の重苦しい空気を一変させた。

 自らを鼓舞するために言った発言が、皆の折れかけていた心を奮い立たせた。


 さらにミラ様が続ける。


「未知の力を前に臆する気持ちも分かります。でも人間は成長する生き物です。努力を重ねれば必ず道は開きます。今は劣っていても、毎日の努力、想いを積み重ねることで彼より秀でることも出来る可能性を私たちは秘めているのです。偉そうな事を言いましたが私も途上の身です。共に研鑽しましょう」


「うぉぉぉ!!! イルザさん、ミラ様、最高ー!!!」


「感動しましたー!!!」


「ミラ様惚れたぜー!!!」


「俺はイルザさん派だー!!!」


 二人の言葉は皆の気持ちを奮い立たせただけでなく、二人のガチ恋勢まで出現させてしまった。


 二人の発言が終わった後、皆の視線は俺に向かっていた。

 俺のターンという事……?


「俺は二人みたいに立派なことは言えないし、立派な目標を持ってこの学校に入ってきたわけじゃない。ただ強くなりたかったから入学しただけだ。ただ一つ言えることはアルベルトが皆に危害を加えようとするのなら……必ず叩き潰す。だから安心して学生生活を送ってほしい。そして、皆これからよろしく」


「うぉぉぉ!!! エリアス君最高ー!!!」


「男だけど惚れた!!!」


 上手く言えたかは分からないけど、皆の折れかけていた心を奮い立たせていれば嬉しい。

 そして何故か俺のガチ恋勢まで現れてしまった。


「三人ともありがとう。本来なら教師である私の役目なんだけど、まだまだ力不足で申し訳ないわ。頼りにしてるわよ」


 最初はどうなるものかと思うほどの重苦しい雰囲気だったが、事態が好転して良かった。

 この二十人でこれから学生生活を送ることになる。


 一人も退学者は出て欲しくない。



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