第16話シナリオブレイク(憤怒)

 ここまでフィオナに怪しい動きはない。

 言動を聞いていても、純真な少女だった。

 フィオナの性格が変わってしまったのは、大罪英雄になってから闇落ちしてしまったせいだろう。


 半魔の庭に通じるゲートに通しても良いだろう。

 ゲートは純粋な魔族と半魔しか通れず、魔族の血を全く引かない純粋な人間は通れない。

 エルフが魔族に含まれるかは議論があるが、エルフもハーフエルフも問題なくゲートを通ることが出来る。


「フィオナお姉ちゃん、このゲートを通ると半魔の庭だよ」


「楽しみ。どんな所かしら」


 本当に純真な少女といった感じだ。

 これから闇落ちするかもしれないなんて信じられない。





 ゲートを通り抜けた。

 久しぶりだ。

 鳥のさえずりが聞こえる。

 優しい木漏れ日がさしている。


 人間が入ってくることがないので平和そのものだ。

 だが、万一のために衛兵がいる。

 ドミニクさんだ。


 角は生えていないが、人型で翼が生えている。


「やあ、エリアス君。レイラ様に会いに来たのかい?」


「はい。それもありますが……」


「おや、そちらのお嬢さんは?」


「ハーフエルフのフィオナさんです。保護を求めていて母上の下に案内しようかと」


「そうかい。最近ではハーフエルフへの風当たりは強いからね。あ、ごめん」


「いえ、事実ですから。気になさらないで下さい」


「もしレイラ様に反対されたら私が説得してあげよう」


「フィオナ姉ちゃん、俺も必ず母上を説得するよ」


「二人共、ありがとう」




 ドミニクさんに手を振り俺達は母上の下に向かう。

 辺りを見回してみると、半魔や魔族が穏やかに生活している。

 幻術で人間の見た目をしている者もいれば、角や翼を隠さずに生活している者もいる。


 途中でフェニックスのバーバラさんに出会った。

 バーバラさんは俺にフェニックスリングをくれた人だ。

 フェニックスは不死とはいえ、人間に狙われることに疲れ母上に保護をお願いした。


 そのお礼に俺と母上に一個ずつフェニックスリングをくれた。

 フェニックスだが、幻術で人間の姿をしている。

 肩まで伸びた紅い髪、燃えるような深紅の瞳、凛とした雰囲気の女性だ。


「バーバラさん、こんにちは」


「エリアス君、久しぶりね。その娘は?」


「フィオナさんです。母上に保護を求めるためにやってきました。その案内の途中です」


「そうなのね。やはりハーフエルフへの風当たりは強そうね。それはそうと、エリアス君、口調変わった? 前は敬語なんて話さなかったし、レイラさんのことはママって呼んでたじゃない?」


 え? いや、ちょっと待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って、待って。


 ママて何? 7歳以前の記憶は甦ってきたが、俺、そんなこと言ってたの? 顔から火が出そう。穴があったら入りたい。


「バーバラさん、何かの間違いじゃないですか? それじゃ、先を急ぐので」


 俺は口笛を吹きながら先を急いだ。


「ふ~ん、そういう感じなんだ」


 全然誤魔化せてなかった。

 俺は恥ずかしすぎて、横についてきているフィオナの顔を見ることが出来なかった。





 母上が住む館の前まで来た。

 衛兵に事情を話して通してもらった。


「エリアスではありませんか。良く来ましたね」


 母上だ。

 母上も幻術で翼を隠し、人間の姿で生活している。

 俺と同じ銀髪、赤い瞳だ。


「母上、お久しゅうございます。お元気でしたか? 実は……」


 俺はフィオナの保護を頼もうとしたその時……。


「ん? え? え? え? 何ですか、エリアスその喋り方は? それにいつもママって呼んでくれていたではありませんか? 背伸びしたい年頃ですか」


 俺の自尊心が破壊されるぅぅぅ!!!!! 中身は18歳なのにぃぃぃ!!!!!

 もう帰りたい……。


「母上、私の喋り方は一旦置いて下さい。こちらの女性を保護して欲しいのです」


「まあ、可愛いハーフエルフの女の子ね」


「フィオナと申します。昨今のハーフエルフへの風当たりから各地を流れておりました。そこで半魔の庭の噂を聞き、こちらまで保護を求めるためにやってまいりました。素性の知れない者を匿うのは難しいとは思いますが、どうか、御許可願えませんか?」


「こちらのお嬢さんも堅苦しい喋り方をするのね。そんなに緊張しなくて大丈夫よ。目を見ればどんな人かは分かるわ。賑やかになるのは歓迎よ。よろしくね、フィオナ。私が半魔の庭の主のレイラよ」


「ありがとうございます、レイラ様。精一杯精進します」


「様なんて付けなくていいわよ。それにもっと力を抜いて。ここには貴方を傷つける者はいないのよ」


「そうだよ、フィオナお姉ちゃん。もっと気楽にいこう」


「ありがとう」


 良かった。無事フィオナが保護してもらえることになった。

 これで俺はディートリヒ家に帰れる。

 ソフィアが待ってるし、って、ソフィアは迷いの森の入口で待機してるんだっけ。


「エリアス、折角来たのですからゆっくりしていけば良いではないですか。前はあんなに抱っこして欲しがってたではないですか」


 母上に会えたのは嬉しいが、ここにいると俺の自尊心が破壊される。

 早々に立ち去らねば。


「エリアス君、行っちゃうの? 一緒に暮らせるんじゃないの?」


 あ、フィオナには言ってなかったか。

 俺が人間世界で暮らしているのを。


 迷いの森で出会ったので、俺が半魔の庭方面から来たのではなく、人間世界から来たのだということを知らなかったのだろう。


「フィオナお姉ちゃん、俺は人間世界で暮らしてるんだ。やらなければならないことがあるから、帰らないといけない。一緒に付いててあげられないのは申し訳ないが、母上とここの皆が守ってくれる。安心して暮らしていけるよ」


「やらなければならないことって魔族を倒すこと?」


「あ……フィオナお姉ちゃんは人間と魔族が手を取り合っていけるという考えだから、反対だよね? でも、反対されても俺は行かなくちゃいけない」


「理想はそうだけど、人間に危害を加える魔族がいるのも事実。そういう立場の人の考えにも理解を示さないといけないと思う。それよりも私はエリアス君にそばにいて欲しい」


「え?」


 どういうことだろう? 何でフィオナは俺にそばにいて欲しいんだ? 全く分からない。


「ひゅうひゅう~、エリアス、モテる~、流石私の息子」


「母上うるさい!」






 それから俺は半魔の庭に入口まで戻ってきて、フィオナは俺を見送りに来た。


「フィオナお姉ちゃん、行ってくるよ。元気でね」


「エリアス君、絶対にまた会おうね! 絶対だよ!」


「分かった。必ずまた会おう」


 フィオナは俺を見送りながらブンブンと手を振っていた。

 目には涙を浮かべていた様に見えたが、俺の勘違いだろうか。

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