火事の真相 5
アーサーの帰りを待っていると、窓の外がだんだんと夕日で朱色に染まりはじめた。
「エマ、大丈夫? 手、痛くない?」
ロイはエマにべったりとくっついて、縛られている手首を確認しては、何度も同じことを訊ねてくる。
アーサーにもポリーにも輪をかけて心配性なのがロイだ。
大丈夫よと言って抱きしめてあげたかったけれど、手が縛られているこの状況では無理なので、エマは微笑んで頷いた。
「ポリーが緩めてくれたから痛くないわ。ただずっと座ってるからお尻が痛くなってきちゃった」
アーサーは一体どこに行ったのだろうか。
アーサーのおかげで、最悪のときは妖精界に逃げ込むと言う選択肢が生まれたけれど、何か考えがあって飛び出していった彼を待たずに逃げるのは気が引ける。
ポリーは今、邸の様子を見に行っていた。
ついでにレプラコーンの靴が回収できそうなら持ってくると言っていたが、うまくいくかどうかはわからない。
「ねえ、エマ。やっぱり僕、あいつら許せないよ」
「そうね、わたしも許せないわ。……でも、ロイやアーサー、ポリーがボギーになるのは、わたしは嫌よ。わたしの力で元に戻せるとわかっていても、やっぱり嫌なの」
「…………うん」
ロイだって、ボギーになりたいわけではないはずだ。神妙な顔で、こくんと小さく頷く。
「叔父様たちのことは憎いし許せない。けど、ロイ、あなたたちがわたしのそばからいなくなってしまうのと比べたら、悔しいけど、このまま知らない顔をしていたほうがまだましよ」
叔父たちを殺したところで、エマの両親が生き返るわけではない。
せめて彼らの罪が明るみに出ればいいが、たとえエマがここから逃げ出して、警察などに駆け込んだとしても、きっと誰も信じてくれないだろう。証拠がないし――エマ・ブラットフォードは変わり者の伯爵令嬢で有名だった。エマの方がおかしいと思われるに違いない。
歯がゆいけれど、叔父たちへの復讐と大切な友だちを天秤にかけるなら、エマは大切な友だちを取る。もう間違えない。ロイを傷つけ、探し続けた八か月間。あの寂しさも後悔ももうたくさんだ。両親は大好きだけれど、何をしたって会えないのだったら、エマは前を向く。この憎しみが完全に消えることはないかもしれないけれど、この先この選択を後悔することはないだろう。
だからエマは、気分を紛らわす楽しいことを考えることにした。
「ねえロイ、ここを出たら、どこに行きたい? わたしたちは自由なんだもの、いろんなところに旅ができるわ。お金をためて、わたしたちだけの馬車を買ってもいいわね。そうして馬車であちこち旅をするのよ。楽しそうだと思わない?」
お金の稼ぎ方も覚えたのよと自慢すると、ロイが目を丸くした後でちょっと笑った。
「エマって強いね。そしてたくましい」
「もちろんよ、だってわたしは一人じゃないもの」
エマにはアーサーやポリー、ロイという三人もの友だちがいる。人間の友だちではないけれど、人間の友だちよりも強い絆で結ばれている大親友だちだ。
彼らがいれば、エマはいくらでも強くなれる気がした。
もし彼らがいなければ、エマは憎しみに駆られて刺し違えてでも叔父たちを殺そうとしたかもしれない。彼らがいるから、エマも心が真っ黒に染まらずに踏みとどまれたのだ。
エマは妖精ではないから、復讐したところでボギーにはならないけれど、きっと心が真っ黒になれば妖精たちを見ることはできなくなっただろう。
「きっといろんなところに行けるわ。知らない国、知らない大陸、知らない妖精にも会えると思うの。そして旅に飽きたら、自然の豊かな、どこか遠くの田舎でのんびりと暮らすのはどうかしら」
「いいね、すごく楽しそう」
「でしょう?」
エマとロイは顔を見合わせてくすくすと笑いあう。
そのためには、何としてもここから逃げ出さなくては。
ロイと未来の話をしていると、怒りも緊張もだいぶ解けてきた。
どこに行こう、どんなことをしよう、そんなことを話していると、邸の中を見回りに行っていたポリーが戻ってくる。
「なんだい、楽しそうだね」
表情の明るくなったエマを見て、ポリーが頬を緩めた。
「ロイと、ここを出た後でどこに行こうか話していたのよ」
「それなら、これから寒くなるから南がいいねえ」
「ふふ、そうね、南に行って、本格的に冬がはじまったら、雪が解けるまでゆっくりできそうな場所を探しましょ」
「長期滞在なら少しいい宿を取りたいね」
「じゃあ、しっかりお金も稼がないとね」
ここに来るまでにたくさん稼いだので蓄えはあるが、雪が解けるまで数か月おとなしくしておくのならもう少し稼いでおいた方がいい。もっと言えば、長期滞在する宿の軒先、もしくは近くで商売できる場所があればなおのこと助かる。
ポリーも交じって、三人でこれからの計画を話し合っていると、やにわに部屋の扉が開け放たれた。
エマはぎくりとして顔を上げる。
「また独り言か。本当に気味の悪いやつだ」
ノックもなしに扉を開けて入ってきたのは、叔父とそれから執事だった。
執事の手にナイフが握られているのを見たエマの喉がカラカラに乾いていく。
どう見てもこれは芳しくない状況だった。
「エマ!」
ロイがエマを守るようにエマと叔父たちの前に立ちふさがった。
ポリーも険しい顔で叔父と執事を睨みつけている。
「二人とも、ダメよ」
絶対に手を出してはダメだとロイとポリーに言えば、叔父が気味の悪いものを見る目を向けてきた。
「何をぶつぶつと。やっぱり頭のおかしい娘だ」
「そう思ってもらって構わないわ」
叔父にどう思われようと、エマはもうどうだってよかった。叔父に頭がおかしいと思われても痛くもかゆくもない。叔父なんかとは比べ物にもならないほど大切な友だちに話しかけて何が悪いのだとエマは開き直った。
開き直った目で叔父をまっすぐに見つめると、叔父はひるんだように一歩後ろに下がった。
ポリーがベッドの支柱に括り付けられている縄をこっそりとほどいてくれる。
「ロイ、タイミングを見てあの男……ナイフを持っている男の足に嚙みつきな! あいつらがパニックになった隙に妖精界に逃げるよ! エマも、あたしの合図で立ち上がって走るんだ!」
暖炉の前には、アーサーが作ったフェアリーリングがそのまま残っていた。あそこに向かうことができれば妖精界に逃げられる。
アーサーが戻ってくるのを待っていたかったが、この状況では呑気に待っていられなさそうだ。
叔父はエマをここに閉じ込める前に「始末」という単語を使ったが、その準備が整ったからやってきたのだと考えるのが自然だからである。
ロイが牙を剥いて、噛みつくタイミングを推し量る。
エマは固唾を飲んでポリーの合図を待った。
エマにひるんだ様子の叔父だったが、エマの縄がほどけていることには気づいていないようで、下卑た笑い声をあげた。
「戻ってこなければ死ぬこともなかったのに、まったく馬鹿な娘だ」
叔父が目配せすると、執事がナイフを手に一歩こちらに足を踏み出した。
その目を見ると暗くくぼんでいて、エマの命を刈ることに何の躊躇もしないだろうことが見て取れる。
ロイが低くうなった。
「ロイ、足元だよ。絶対に殺すんじゃないよ」
「うん」
じりじりと近づいてくる執事に、ロイもじりじりと野生動物が間合いを詰めるように近づいていく。
そして、ロイが飛びかかろうとしたそのときだった。
「エマぁー‼」
叫び声がしてハッとエマが振り返ると、フェアリーリングからアーサーが飛び出してきた。
そしてその後ろから、たくさんの妖精たちと、そして――
「ユーイン……」
エマはフェアリーリングを通ってやってきた優しい金色の髪をした青年を見て、目を見開いて息を呑んだ。
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