火事の真相 4

 レプラコーンの作った赤い靴を履いて、エマはブラットフォード家の門の前に立っていた。

 およそ八か月前の火事で焼け焦げた邸はどこにもなく、代わりに真新しくやたらと豪華で大きな邸が建っている。

 火事の時に踏み荒らされた庭も新しくなっていて、エマに見覚えがあるものと言えば、庭の噴水だけだった。


 住所は同じなのに、エマの思い出は噴水を残して何一つなくなってしまった場所に、エマはきゅっと唇をかむ。

 追い出された時点でここはエマの居場所ではなくなった。

 旅に出て、もう二度と戻ってこないとも思っていた。

 だから仕方ないとわかっていても、エマ達家族が住んでいた痕跡が消え失せていることにやるせなさを覚えるのはどうしようもないことだった。

 過去を、思い出を、存在すべてを消し去られたような、そんな気分だ。


「行くわよ」


 大きく息を吸って、吐いて。

 のんびり感傷に浸っている場合ではないと叱咤して、エマは道に落ちていた小石を拾うと、門番の足に向かって投げる。


「いてっ」


 門番が自分の足を確認するために身をかがめた瞬間、素早く門の隣の通用口を押し開いて身を滑り込ませる。

 ギィと音が鳴って門番が振り向き、「風か?」と不思議そうに首を傾げながら開きっぱなしの通用口を占める。

 レプラコーンの靴のおかげでエマの姿は見えないので、門番には勝手に通用口が開いたように見えるはずだ。

 門番に、特に何の疑念も抱かれなかったことにホッとして、エマは庭を横切って邸へ向かった。

 玄関前に人がいないのを確認して、そっと玄関扉を押し開いてもぐりこむ。


(泥棒にでもなった気分だわ)


 新しく立て直された邸なので、間取りも以前とは違う。これはしらみつぶしに探すしかないだろう。


「俺は一階を探すからエマとポリーは二階に行け」

「わかったわ」


 一階部分をアーサーに任せて、エマは肖像画の貴婦人の腕のような曲線を描く正面階段を上って二階に上がった。

 叔父の趣味だろうか、壁や廊下には所狭しと絵画や壺が飾られている。

 やたら派手でキラキラしていて、お世辞にも趣味がいいとは思えなかったが、それなりの額はしていそうだ。


(叔父様が浪費家だとは聞いてたけど、本当だったみたいね)


 叔父は、ブラットフォード伯爵領内の一つの町の代官をしていた。

 ブラットフォード伯爵家は余分な爵位を持っていなかったので、次男である叔父が継げるものはなかったのだ。だからそれほど広くない伯爵領の中の一つの町を、代官という形で渡したのだと聞いた。

 けれども叔父もその妻である叔母も金遣いが荒く、何かあれば金の無心に来るので、父がほとほと困っていたことをエマは知っている。

 エマを伯爵家から追い出して、おそらく叔父がブラットフォード家を継いだのだろうが、絵画や壺、それからこの無駄に派手な邸を見れば、父が貯めていた財産がどのような使われ方をしたかがわかって悔しくなった。


(お父様が見たら、きっと怒るでしょうね)


 エマはそっと息を吐く。

 エマは階段を上って右手側、ポリーは左手側から見て回ることにした。

 掃除の時間ではないようで、二階の廊下にメイドの姿はない。

 一番奥から、扉を少し開いては部屋の中を確認して回っていたエマは、一つの扉のドアノブに手をかけたところで動きを止めた。

 中から話し声がしたからだ。


「エマ、どうしたんだい?」


 左半分の確認を終えたポリーが扉に耳をつけているエマを見つけて飛んでくる。


「中から話し声がするの。たぶん叔父様たちだわ」

「開けるならそーっとだよ」

「ええ」


 エマは音を立てないように慎重に扉を開けると、その隙間から部屋の中を覗き込んだ。

 ポリーがエマの頭の上に座って、同じように中を覗き込み、「あ!」と声を上げる。


「エマ、あそこ! ロイがいるよ!」

「え――」


 大きな声を上げかけて、エマは慌てて口を押える。

 そしてポリーの指さす方を見れば、そこにはポリーと同じくらいの大きさの赤いトカゲが宙に浮かんでいた。間違いない。あれはサラマンダーのロイだ。


「アーサーを呼んでくるよ! エマはここから動くんじゃないよ」


 ポリーが急いで一階を探しているアーサーを呼びに行く。

 エマは今すぐにでもロイの元へ駆けていきたい衝動を抑えて、扉の隙間からじっとロイを見つめた。


(お願い、ロイ、気づいて……!)


 祈るような気持ちでロイを見つめ続けるが、ロイは赤い瞳をまっすぐ一方へ向けていた。

 その視線を追うと、ソファには叔父と叔母が座っている。どうやらここは書斎らしい。

 叔父と叔母は昼間から酒を開けて、酔っているのか、赤い顔で愉快そうに笑っている。


「エマ、ロイがいたって?」


 ポリーに連れられてアーサーがやってきた。

 エマが明けている扉の隙間から中を覗き込んで、「本当だ、ロイだ」とつぶやく。


「あの子、あんなところで何をしているんだろうね」

「わかんねーけど、ちょっと俺、行ってくるわ」

「お待ちよ。びっくりして逃げるかもしれないだろう? こういうのはタイミングってものがあるんだ」


 ロイの元へ飛んでいこうとしたアーサーの尻尾をむんずと掴んで押し留め、ポリーが「エマもいいね?」と確認を入れる。


「ええ。姿が見えなくなっていても、さすがに部屋に飛び込めば叔父様たちが怪訝に思うかもしれないもの」


 姿が見えなくとも物音はする。部屋に入るにしても、ポリーの言う通りタイミングを見る必要があるだろう。

 エマは自然と息をつめて、ロイの一挙手一投足を見逃すまいとじっと凝視する。


(ロイの手にあるあの小瓶……あれがエルフの毒なのかしら?)


 そうだとしたら、毒の小瓶を手に叔父夫婦を睨んでいると言うことは、あの毒を叔父たちに使うつもりではなかろうか。

 エマはゾッとした。


(なんてこと……!)


 でも、いったい何故ロイが叔父たちにエルフの毒を使おうとしているのだろう。

 叔父たちの何をロイがそれほど恨んでいるのかはわからないが、ロイが叔父たちに毒を盛る前に何としても止めなくてはならない。

 何故ならそんなことをすればロイがボギーに変質してしまうからだ。

 叔父夫婦が平然と酒を煽っていると言うことは、叔父たちが持っているグラスにはまだ毒は混入されていないはずだ。止めるには今である。


(叔父様たちが部屋から出て行ってくれたらロイのもとに行けるんだけど……)


 姿を消していても、エマは人間だ。アーサーたちと違って、姿が見えなくとも相手には声は聞こえる。叔父たちのいる前で不用意に話しかけるわけにはいかない。

 もどかしさを抱えていると、ぐいっとグラスに入ったワインを一息にあおった叔父が、ちびちびとワインを飲んでいる妻相手に上機嫌で話し出した。


「兄さんはずいぶんと貯めこんでいたみたいだ。エマに残していた遺産をこちらに移すのには手間がかかったが、その手間も惜しくないくらいの額だった。この家を手に入れるためとはいえ、邸を燃やしちまったのは惜しかったが、そんなものもどうでも思えるくらいだったぞ。おかげで借金も全部なくなったし、持つべきものは馬鹿な兄貴だよ!」


 ゲラゲラと笑いながら言った叔父の言葉に、エマの心臓が凍り付いた。


(……どういうこと?)


 銀行とかお金とか遺産とか、そういうことはどうだっていい。

 そうではなくて――「この家を手に入れるためとはいえ、邸を燃やしちまった」とはどういう意味なのか。

 この言い方だと、まるで八か月前の火事は叔父が起こしたかのように聞こえる。

 目を見開いたまま硬直したエマを前に、さらに会話は続いた。


「本当にねえ。でも、お義兄様が遺書を書いていなくて本当によかったわ」

「書いていたって、邪魔なエマがいないんだ、どう転んでもこの家は俺に転がり込んできたさ」

「でも借金の返済期限も迫っていたし、手続きに時間が取られていたら大変だったじゃない」

「まあ確かにな! でも本当に馬鹿な兄貴だよ。黙って金さえ出していれば殺されることもなかったのになあ!」

「まったくだわ!」


 あはははは、くすくすくすくす――と、叔父夫婦の笑い声が耳にまとわりつく。

 目を見開いたまま動けないエマの横で、アーサーが歯をむき出して唸っていた。


「あの野郎……! ぶっ殺してやる!」

「お待ち、アーサー!」

「放せポリー! あいつらの喉元を嚙みちぎってやるんだ!」

「駄目だって言ってるだろう! そんなことをしたら、妖精のあたしたちはボギーになっちまうよ!」


 エマは慌ててアーサーをぎゅっと胸に抱きしめた。


「アーサー、ありがとう。大丈夫よ、落ち着いてきたわ」


 本当はちっとも心は落ち着いてなどいなかったが、アーサーに人を殺させるわけにはいかない。

 アーサーが剥きだしていた歯を収めて、ふうと息を吐き出したのを見てホッとしたエマだが、安心している暇はなかったようだ。


「エマ、ロイが!」


 ポリーの声にハッとすると、赤い瞳を憎しみの色に染めたロイが、手に持っていた小瓶の蓋をしゅぽんと抜いたのが見えた。

 その小瓶を持って、ワインの入っているデキャンタへゆっくり近づいていく。

 エマは我も忘れて部屋に飛び込むと叫んだ。


「駄目‼」


 エマの声に叔父夫婦が「誰だ!」と叫んだ。

 しかしそんなものには構っていられない。エマは一目散にロイに向かって駆ける。


「お待ちエマ! 靴が……!」


 ポリーの声が聞こえたときには、エマの靴が片方脱げたあとだった。

 あ、と思ったときにはもう遅かった。

 エマにかかっていたレプラコーンの魔法は解け、叔父夫婦の目にエマの姿が映し出される。

 ロイが目を見開き「エマ……」と小さな声でつぶやいた。

 ロイが驚いている隙にポリーがロイの手から小瓶を奪い取る。


「エマ⁉」


 突然エマが現れたように見えただろう叔父夫婦が、愕然として叫んだ。

 脱げた右足の赤い靴は、部屋の扉の近くに転がっていた。

 走れば靴のある場所にたどり着けるが、その靴を履いて目の前でエマが消えたら、もともとエマのことを気味の悪い娘だと思っていた叔父たちはなおのこと化け物のように思わないだろうか。

 そのわずかな逡巡が間違いだった。


「何故ここにいるんだ‼」


 我に返った叔父が、エマに駆け寄ってその腕をひねり上げた。

 痛みに顔をしかめたエマに、ロイとアーサーが顔を変えたのが見える。


「アーサー、ロイ、ダメ‼」


 アーサーとロイが叔父に襲い掛かりそうに思えて、エマは咄嗟に声を上げた。

 叔母が顔をしかめて、エマを睨みつける。


「本当に気味の悪い子。何なのかしら、この子」


 叔母にも叔父にも、エマが虚空に向かって話しかけているように見えるはずだ。

 だが、今更この二人に気味が悪い子だと思われて困ることなどなにもない。何故、さっきは一瞬でも迷ってしまったのだろう。

 エマは叔父の顔を見上げる。

 先ほどの話が本当なら、叔父はこの邸に火をつけた――両親を殺した張本人だ。叔母も共謀していたのかもしれない。そんな二人の視線を、エマが気にする必要があるだろうか。いや、ない。


「さっきの話は聞こえたわ。……この家に火をつけたのは叔父様だったのね」


 叔父を睨み返してエマが言うと、叔父の顔が変わった。顔をゆがめて、忌々しそうに舌打ちする。

 エマはその表情を見て、両親を殺したのは叔父で間違いないと確信した。


(……叔父様が、お父様たちを……!)


 どうしようもない怒りと憎しみが腹の底から湧き上がる。

 アーサーではないが、もし今エマの手にナイフがあったなら、間違いなく目の前の叔父を刺していただろう。

 怒りで目の前が真っ赤に塗りつぶされていくような気がした。

 八か月前の炎の熱さ、轟音、悲鳴、絶望――それらもろもろの記憶と感情が鮮明に蘇る。


「人殺し‼」


 気がつけば、エマは叫んでいた。

 しかし叔父はゆがめた表情のまま、エマを嘲笑った。


「火をつけたのは俺じゃない。俺は命じただけだ。火をつけたのは、お前らが信頼していた執事だよ。俺が当主になれば給料を倍払うと言えば、指示通りこの邸に油をまいて火をつけやがった。特にお前とお前の両親の部屋には念入りに油をまいてな。お前が助かったのは本当に謎だったが……まあそんなことは今となったらどうだっていい」


 エマの横で、アーサーが唸った。

 ロイから奪い取ったエルフの毒だろう小瓶を握り締めているポリーも怒りで真っ赤に顔を染めている。

 ロイが牙をむいて、今にも叔父の喉元にかみつきそうだった。

 そんな三人のおかげで、エマは少しだけ冷静になった。

 エマが冷静でいなければ、この三人が今にも叔父や叔母を殺しかねない。そうすれば、善き妖精シーリー・コートである三人は、悪い妖精ボギーへと変貌してしまうのだから。

 それだけは、絶対に避けなければ。


「たとえ直接手を下してなくても、叔父様のしたことは殺人よ。わたし、絶対に許さないわ」

「兄さんが兄さんならお前も大概馬鹿だな。俺がこのままお前を生かして帰すと思っているのか?」


 叔母がベルを鳴らすと、見覚えのある執事が駆けつけてきて、そしてエマを見て驚愕に顔を引きつらせた。


「閉じ込めておけ! どう始末するかは後で考える」


 叔父の命令に、執事は縄を取りに行き、エマを拘束すると乱暴に引っ張った。

 エマは長年この家に使えていた執事を睨みつけたが、彼は侮蔑の含んだ視線をエマに注ぎ返すだけだった。もともとエマについては気味悪がっていただろうが、父や母を殺したことに対しても、何の罪悪感も抱いていないのだろう、そんな目だ。


 認めたくはないが、叔父の言う通り、父は馬鹿だったのかもしれない。いや、お人よしすぎたのだ。そしてエマも。こんな執事を信じて家を任せていたなんて、悔しくて涙が出てくる。

 エマはそのまま、二階の端の部屋に連れていかれた。

 縛られたまま、縄の端をベッドの支柱に括り付けられる。

 いくら睨もうとも執事は眉一つ動かさず、エマを置いてそのまま部屋を出て行った。


「エマ!」

「大丈夫か!」


 ポリーとアーサーが心配そうに飛んでくる。

 ロイも、気まずそうにエマに近寄ってきた。

 エマがここに運ばれたから、アーサーたちはエマを追ってきてくれた。おかげで彼らに叔父を殺させなくてすんで、エマはこんな時なのにホッとしてしまった。


「ありがとう。大丈夫よ」

「待ってろ、こんな縄、すぐにほどいてやるからな」

「待ちなアーサー。もし誰かがエマの様子を見に来た時にエマの縄がほどけていたら不審に思うだろ。逃げ出しにくいところに運ばれると厄介だ。ここから逃げる方法を考えてからにしたほうがいい。今は少し縄を緩めるくらいにしておくんだ。あたしがする」

「……わかったよ」


 アーサーが渋々頷くと、ポリーがエマの縄をほどけない程度に緩めてくれる。縄を緩められただけでもだいぶ楽になった。


「ありがとうポリー。……ロイ」


 ポリーに礼を言ってから、エマはロイに向き直った。

 ロイがびくりと震えたのが見える。

 本当は駆け寄って抱きしめたかったけれど、この体勢では無理なので、エマはロイに近くに来てほしいと伝えてみた。

 ロイがおずおずと近づいてきて、エマの膝の上にちょこんと座る。


「ロイ……会いたかったわ。ずっと謝りたかったの。あの時はあなたにひどいことを言って、本当にごめんなさい。たくさん傷つけてごめんなさい。……あなたが、早まらなくてよかった」


 エルフの毒を持って叔父夫婦の前に現れたことから、ロイはきっと、どこかで叔父がこの邸に火をつけてエマの両親を殺したことを知ったのだろう。

 教会の妖精が聞いたように、ロイは叔父たちに復讐するのを躊躇していたようだが、もしエマが一歩遅ければ、ワインのデキャンタに毒を入れていたに違いない。そうすればロイはボギーに変貌し、エマの声は二度と彼には届かなくなっていただろう。

 ロイがロイのまま目の前にいてくれることが奇跡のように思えて、エマの目からぽろりと涙が零れ落ちた。


「ロイ、大好きよ。ひどいことを言ってごめんなさい……!」

「エマぁ……!」


 ロイがぼろぼろ泣き出して、ひしっとエマに抱きつく。

 もらい泣きしたのか、ポリーがそっと目元を拭って、アーサーがやれやれと肩をすくめた。


「状況は最悪だが、ひとまずエマとロイが仲直りできてよかったよ」


 アーサーのあきれ声で、エマは現実に引き戻された。そうだ、確かに状況はまったく芳しくない。叔父は先ほど「始末」と言う言葉を使ったのだ。このままのんびりしていたら、本当に始末されかねない。


(でも、執事が叔父様についてるってことは……ここにいる使用人は全員敵と見ていいかもしれないわ)


 逃げ出すにしてもかなり分が悪い。

 せめて脱げてしまった右足の靴を回収できればレプラコーンの魔法で姿を消すことができるのだが、アーサーたちに頼んだとしても、靴がふわふわと宙を浮いていたら怪しまれるに決まっていた。ゆえに靴を回収するにしても夜まで待つ必要があるが、果たして夜までエマは無事でいられるだろうか。


(もし叔父様がわたしを殺しに来たら、そのときこそ本当にアーサーたちが叔父様を殺してしまうかもしれないわ)


 エマの命がかかっていたら、アーサーもロイも踏みとどまってはくれないだろう。ポリーだって、ロイから奪ったエルフの毒を使うかもしれない。

 エマが眉を寄せて考え込んだときだった。


「ロイ、ポリー、少しの間エマを任せる」

「待ちな、アーサー! 何をする気だい」

「心配すんなポリー。別にあいつらを殺しに行こうってわけじゃない。今はまだそのときじゃないことくらい俺にもわかる」


 アーサーは笑って、部屋の中をぐるりと見渡すと、暖炉の横に積んであった薪を円を描くように並べはじめた。

 そうして作ったのはフェアリーリング――妖精界に通ずる扉だった。


「なるほど、妖精界に逃げればここから抜け出すのも簡単だね!」


 ポリーが感心したように言ったが、アーサーは首を横に振った。


「いや、違う。妖精界に逃げてもいいけど、今はそのときじゃない」

「アーサー、何を言っているんだい?」


 アーサーはポリーとロイ、それからエマを見て、真剣な顔をした。叔父たちを前に怒り狂っていたときの表情とは違うが、静かに怒っている顔だった。


「俺はこのままあいつらを許してなんてやれない。あいつらを殺すのは簡単だけど、そうしたらあいつらのしたことは誰にも知られないままだ。あいつらだけじゃない、他の連中もエマのことを頭のおかしい子なんて言ってた。あいつらはエマのせいで火事になったって言ってたけど、もしかしたら世間の連中もエマのせいだって思っているかもしれない。俺はそれじゃあ嫌だ。――だから俺は、力を持っている奴のところに行く」


 アーサーはそう言うと、「すぐ戻る」とだけ告げて、フェアリーリングの中に身を躍らせた。

 アーサーの姿が消えて、エマが茫然としていると、ポリーがやれやれと肩をすくめる。


「そういうことかい。……まあ、アーサーにしたら賢い選択だろうねえ」


 エマはよくわからなかったが、ポリーは苦笑して「アーサーの帰りを待とうかね」と笑った。


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