火事の真相 2
レプラコーンに靴を作るから一日待てと言われて、翌日、エマたちはレプラコーンが住み着いている小さな靴屋へ向かった。
エマはフード付きの外套で身を覆っている。
靴屋の中には所狭しと靴が並べられていた。
扉を開けた拍子にチリンと鳴ったドアベルに、条件反射のように「いらっしゃいませ」と小さな声がした。見れば、三十代半ばほどの朴訥そうな店主が、店の奥で黙々と作業していたので、おそらく彼が言ったのだろう。
いかにも職人肌といった店主は、客商売にはあまり向いていなさそうだ。
接客に時間を割くつもりはないようで、作業の手を止める様子はない。
その割に並んでいる靴の品数は多いし、店もとても綺麗に整えられているのは、この店主の腕がいいからだろう。客足はそれほど多そうには見えないが、靴に使われている材質もよくデザインも凝っているので、大口の顧客がいるのだろうと思われた。
おそらくお得意様の中に貴族や富豪がいるのだろう。商人と契約しているのかもしれない。
エマは並べられている靴を見るふりをしながら、レプラコーンの作った靴を探した。
レプラコーンは比較的孤独を好む妖精だが、気に入った靴屋に住み着くこともある。その場合は、こっそりと自分の作った靴を店先に並べたりするのだ。
エマが店の中を歩いていると、店の隅に座って靴を作っているレプラコーンが顔を上げた。
「じーさん、頼んでた靴はどれだ?」
アーサーが訊ねると、レプラコーンはぶっきらぼうに右の棚の一番下の端を指さした。
見ると、よく鞣した皮で作られた、可愛らしい赤い靴が置かれていた。サイズもエマにぴったりだ。
「ありがとう、おじいさん」
エマが小声でレプラコーンに礼を言うと、彼は顎を引くように小さく頷いて、再び靴を作りはじめる。
アーサーが、エマが渡した銀貨をそっとレプラコーンの前に置くと、彼はさっとそれをポケットの中にしまい込んだ。
妖精なので銀貨を渡しても使い道はないのだが、レプラコーンはお金や宝石類を集めては隠す性質があり、こういったものを好むちょっと俗物っぽいところのある妖精なのだ。
エマは赤い靴を取ると、奥で作業している店主のもとに持って行った。
「すみません。この靴を頂きたいのですけど」
エマが声をかけるとようやく店主は顔を上げ、それからちょっと不思議そうな顔で靴を見た。
「……そんな靴、作ったか?」
ぽそりと小さなつぶやきが聞こえる。
当然だ、これはレプラコーンの作った靴で、この店主が作った靴ではない。
「あの棚にありましたよ」
「……そうか。あの棚なら銀貨三枚だ」
店主は首をひねりながらも、棚を見て値段を言った。靴が置かれている棚によって靴の値段を決めているようだ。
エマはカバンから銀貨三枚を店主に渡して、怪しまれる前にそそくさと店を出た。
店を出る前にちらりと店主を振り返ったが、店主は再び靴づくりに没頭していたので、見覚えのない赤い靴にもそれほど疑念を抱かなかったのかもしれない。
(まあレプラコーンが住み着いているんだし、今日みたいなことはたまにあったでしょうからね)
レプラコーンが自分の作った靴を勝手に並べるのだから、客が作った覚えのない靴を持って来たことも一度や二度と言わずあるはずだ。
エマは一度宿に戻って、外套を脱ぐと、しげしげと靴を見つめた。この靴を履けば、姿を消すことができると言う。そういう魔法を込めてレプラコーンが作ったからだ。
エマはさっそく履いていた靴を脱ぐと、赤い靴を履いてみた。
「どう?」
エマがその場でくるっと回ってみると、アーサーは「うーん」と唸った。
「俺たちは妖精だから、普通にエマの姿が見えるからよくわかんねーな。ちょっと宿の中を歩いてきたらどうだ?」
「それもそうね」
ほかの人から姿が見えなくなっているのかどうかは、ブラットフォード家に向かう前に確かめておいた方がいいだろう。
エマは赤い靴を履いたまま、部屋の外へ出てみた。
廊下を歩きながら、すれ違った人の前にわざと回り込んでみたりする。
しかし誰もエマの姿に気づいた様子はない。
試しに廊下の花瓶の花を一本抜き取り、掃除をしている宿の従業員の前に落としてみたが、不思議そうに首をひねりながら花を拾い上げただけだった。
(本当に姿が見えていないのね! まるで妖精になった気分だわ)
この靴があれば、誰にも気づかれずにブラットフォード伯爵家へ入り込めるだろう。
エマは実験結果に満足すると、アーサーとポリーの待つ部屋に戻ったのだった。
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