火事の真相 1
エマがくれた路銀をもとに馬を買って、ユーインはただひたすらに、アンヴィル国王都ブラハに向かって馬を走らせた。
無心で馬を走らせていないと、今にもエマを追ってブラクテン国に向かいそうだったからだ。
エマと別れてから、ぼんやりする時間があればずっとエマのことを思い出してしまう。
何故エマは、自分を頼ってくれないのだろうかと、そんなことばかり考えてしまうのだ。
エマはユーインのためにエルフの秘薬を探してくれた。
行き倒れたところを救われて、せめてもの恩返しにと護衛を申し出たのに、結局また助けられた。ユーインはエマのために何もしていない。ただ側にくっついていただけだ。
出会った間もないユーインのために薬を探して、見返りも求めずに路銀までくれた。
あの子はいったい、なんなんだろう。
(妖精が見える……妖精に愛された女の子)
おとぎ話では、妖精に好かれた人間は、妖精の祝福を受けて幸せに暮らすと言われている。
けれどもエマは、その幸せを人にふりまいて、自分の幸福には目を背けているように見えてならない。
(エマ、俺は君が心配だよ……)
エマはしっかりした女の子だと思う。ユーインなどよりもよっぽど。
でもユーインの目には、エマは危なっかしく映るのだ。
――あの夜、アリス山のカルデラ湖で泣いたエマの顔が頭から離れない。
心配で心配で心配で、そばで見ていないと不安で胸が押しつぶされそうだ。
人はこれを――恋と呼ぶのだろう。
☆
エマたちがブラクテン国の王都に到着したころには、秋もすっかり終わっていた。
整然とした石畳の道を、街路樹の落ち葉を巻き上げながら木枯らしが通りすぎる。
エマは宿の窓からその様子を見下ろして、何度目かになるため息を吐いた。
王都に入ったのは三日前。
エマはその三日間、ずっと宿の中だ。
というのも、エマはブラットフォード伯爵家を追い出された身だからである。
アーサーもポリーも口をそろえて、出歩くのは控えたほうがいいと言った。
万が一叔父夫婦に見つかれば、どうなるかわかったものではないと言うのだ。
確かに叔父はエマに「邸に火をつけた犯罪者として警察に突き出されたくなければ二度と目の前に現れるな」と告げた。
だから王都に入るときはフード付きの外套で姿を隠したし、慎重に行動する予定だったけれど、過保護な二人の妖精はそれでも心配なのだと言う。
エマが動けない代わりにアーサーとポリーが王都に住んでいる妖精に聞き込み調査に行ってくれているが、今のところこれと言った進展はなさそうだった。
(もしかして、もう王都からいなくなっちゃったのかしら……)
窓際の椅子に座ってレースを編みながらエマは考える。
もしロイがエマに会うために王都に来たのなら、エマがいないから別の場所に向かったのかもしれない。
「ロイ……」
エマがぽつんとつぶやいたときだった。
「エマ! エマ! 見つけたぞ! 手掛かり!」
アーサーが叫びながら窓をすり抜けて部屋に飛び込んできた。
「本当⁉」
思わず立ち上がったエマの周りをくるくると飛び回りながらアーサーが頷く。
「ああ! 教会に住み着いてる妖精が教えてくれたよ。サラマンダーが教会に祈りに来たってな! 深刻な顔をしていたからどうしたのかと訊ねたら、サラマンダーはぽつんと『復讐で人を殺したら、心が黒く染まって悪い妖精になるんだろうか』と独り言のように呟いて出て言ったってさ! 心配になって追いかけたら、サラマンダーはブラットフォード伯爵家へ入っていったって言ってた!」
(『復讐で人を殺したら、心が黒く染まって悪い妖精になるんだろうか』……)
エマは目を見張った。
つまりそれは、エルフの毒を使って誰かの殺害を計画していると言うことだ。もしサラマンダーがロイなら、やはりエマを殺そうとしているのだろうか。
(でも、つまりはロイはまだボギーに変質していないってことよね? そっか……よかった……)
エマはホッと胸をなでおろす。ロイがエマを殺そうとしているかもしれないことよりも、ロイがまだシーリー・コートのままでいることの方が重要だ。
しかし、ロイがいつまでシーリー・コートのままでいられるかはわからない。
エマに対しての殺意にしろ、そうでないにしろ、ロイの中でコントロールできないくらいにその殺意が膨れ上がれば、間違いなくボギーに変質するはずだ。
今はまだぎりぎりとどまってくれているのだと思う。
「ロイが、わたしを殺したいのだとしたら、わたしは……」
エマを殺せば、ロイはボギーになる。
けれどロイの望みがそれであるならば、エマはどうしたらいいのだろう。
何が正解だろうか。
エマがうつむくと、アーサーがエマの頭を前足で軽くたたいた。
「しっかりしろ、エマ。もしシーリー・コートが見たサラマンダーがロイだったとしても、ロイが殺そうとしているのは絶対にエマじゃない。妙なことは考えるな」
「でも……」
「それよりも気になるのは、サラマンダーが復讐という言葉を使ったことだ。そうだろう? もしそいつがロイなら、たぶんだが、火事の原因がわかったんじゃないか? 火事を起こしたやつがいるんだ。そうに違いない。でなけりゃロイが復讐なんか考えるはずないだろ? あいつは俺たちの中で一番優しいやつだったんだ」
エマはハッとした。
そうだ、ロイは誰よりも優しい妖精だった。
そんなロイが、復讐という言葉を使ったのだ。自分を傷つけたエマに復讐する気なのかと思ったが、それならば何故教会に祈りに行ったのだろう。
(アーサーの言う通り、ロイは火事の原因がわかったのかもしれない。だから……)
今から自分のしようとしていることを恐れて、教会に祈りに行ったのだ。ロイはまだ迷っている。優しいから。
「……行かなきゃ」
エマは顔を上げた。
茫然としている場合じゃない。
行かなくては。行って、ロイを止めなくてはならない。ロイに復讐なんて悲しいことをさせてはいけないからだ。
「ああそうだ。ロイを止めるんだ。エマはあの家に帰るのは嫌かもしれないが、あいつをこのままにはしておけない」
「ええ」
アーサーとエマは頷きあって、急いで宿を出ていこうとした。
それを止めたのは、ちょうど宿に戻ってきたポリーだった。
「どこに行くんだい」
エマとアーサーが教会の妖精から聞いた話をすると、ポリーはあきれ顔をした。
「だからって真正面から向かうつもりかい? アーサーはまだしも、エマはブラットフォード家の人間に見つかったらただではすまないだろう? まったく。無鉄砲にもほどがあるよ」
「でもポリー、急がないとロイが!」
「落ち着きなって。あたしだって急がなくちゃいけないことくらいわかっているよ。でも、捕まっちまったら本末転倒だろう? 準備が必要だよ。見つからずに侵入するための準備がね。ちょうどその話をしようと戻ってきたんだよ」
ポリーに座るように言われて、エマはベッドの縁に腰かけた。
アーサーがエマの隣に座る。
ポリーはエマの膝の上に降りた。
「ここから少し歩いた床にある小さな靴屋にね、レプラコーンが住み着いているのを思い出したんだよ。レプラコーンに頼んで作ってもらった靴なら、姿を消すことができるはずさ」
「なるほどな! さすがばあさん! だてに長生きしてるわけじゃねーな!」
「誰がばあさんだい! あたしゃまだ若いって言ってるだろ!」
「よし! レプラコーンには俺が話をつけてきてやるよ! ちょっと待ってな!」
ぷんぷん怒るポリーをそのままに、アーサーはびゅんっと窓から勢いよく飛んで行った。
「あ、こらお待ち! あんたじゃエマの靴のサイズはわからないだろう⁉」
ポリーが慌ててアーサーを追いかける。
再び一人になった宿の中で、エマははやる心を押さえるようにそっと胸に手を置いた。
(ロイ……どうか、早まらないで)
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