サラマンダーの行方 4

 それから二週間。

 王都からほど近い町で情報収集に当たっていたエマは、ついにサラマンダーの居場所を知ることができた。

 妖精たちに聞き込みをしてくれていたアーサーが、とある妖精がサラマンダーを見たと言ったのだ。

 アーモンド二粒の情報料を支払うと、妖精はサラマンダーがブラクテン国の王都へ向かったと教えてくれた。


「王都に……。もしそのサラマンダーがロイだったとしたら、王都に一体何の用があるのかしら。心当たりある?」


 夜。宿の部屋でアーサーとポリーに訊ねると、二人そろって首をひねる。


「おおかた、エマに会いたくなって戻って来たんじゃねーの?」

「ロイは寂しがりだからね、仲直りがしたくなったんだろうさ」

「つまりロイは、わたしがまだ王都にいると思っているのかしら?」


 エマが何気なくつぶやくと、アーサーとポリーは「確かにそうだ」と頷いた。


「エマが旅に出たことをロイは知らないからな!」

「そうだね、ロイはエマが伯爵家に住んでいると思っているはずだよ」

「ということは、ロイはわたしに会いたがっているということよね」

「そうだな、あいつ、エマが大好きだからな」

「半年以上もよくもったものだと思うよ」


 アーサーとポリーはそう言うが、エマの胸には違う考えが渦巻いていた。


(オーベロンの言うサラマンダーがロイなら、エルフの毒を持っているのよ。……つまり、ロイはやっぱり、わたしを殺したいほど恨んでいるんじゃないかしら?)


 恨まれて、憎まれて当然のことを言った。傷つけた。エマにはどうしても、ロイが怒って、エマに傷つけられた復讐をしようとしているように思えてならない。

 それは、ロイに許してもらえないかもしれないと言うエマの不安がそうさせるのかもしれないが、ロイがエルフの毒を欲しがったことからも、その可能性は捨てきれないと思う。

 エマが表情を曇らせたからだろう。アーサーとポリーがエマの顔を覗き込みつつ言った。


「なあエマ。つらいんなら、無理にサラマンダーを追いかけなくてもいいんじゃないか? そのサラマンダーがロイだって決まったわけじゃねーんだし。……王都はよ、お前にとってつらいところだろ? 嫌なことを思い出すだろ? 俺がちょっくら行って、もしロイなら、エマはここにいるぞって教えてきてやるからさ、エマはここで待ってろよ」


 アーサーの優しさを嬉しく思いながらも、エマは首を横に振った。


「駄目よ。このつらさも全部わたしの罪の一部だもの。……ロイの件は、たとえアーサーでも人任せにはできないわ。自分の足で行かなくちゃ」


 こちらが悪いのに、ロイを呼びつけるようなことをしてはいけない。誠心誠意ロイに謝るのだ。だから、アーサーの優しさに甘えてはいけない。


「エマ。あんたは罪だというけれど、あたしにはあんたがそこまで悪いことをしたとは思えないよ。確かにエマはロイを傷つけたかもしれない。でもあのとき、エマは正気じゃなかった。気が動転して、感情が乱れて、冷静ではなかった。それは仕方のないことさ。ロイだってわかっていると思うよ」


 ポリーもエマを慰めようとしてくれるが、エマの罪はエマ自身がよくわかっている。

 あの火事の日。降りしきる雨の中、焼け焦げた邸を見上げたエマは、自分自身がすごく醜いものに変わっていくような気がした。

 まるで使い古した油のように心が真っ黒に染まっていくのがわかった。


(そんな真っ黒な心のまま、わたしはロイを傷つけたの)


 父と母を失って茫然としながら泣くエマを、必死に慰めようとしてくれていたロイに向かって、あなたのせいだと罵った。

 ロイがよく、暖炉のそばで遊んでいるのを知っていた、それだけの理由で。

 だから、つらいからと言って逃げることは許されない。逃げるなんて、自分自身が一番許せないのだ。


「確かにあのときわたしは自分のことでいっぱいいっぱいだったわ。冷静でなかったのも間違いない。でもね、だからって大切な友達を傷つけていい理由にはならないのよ」


 アーサーとポリーは顔を見合わせて肩をすくめた。


「あんたは本当に不器用な子だよ」

「だから俺たちがそばにいるんだけどな」


 不器用で変なところで頑固で融通が利かない。そして強がり。昔から何度も言われてきたことだから、エマは苦笑するしかない。


「ここから王都までは十日くらいね。入れ違いにならないように急がなくちゃ。そしてロイに、火事の件で疑ってひどいことを言ってごめんなさいって謝るのよ」


 火事の原因はロイではない。ロイのはずがない。そのくらい、エマにもよくわかっている。

 ロイはサラマンダーで、火の扱いを間違えれば危険だと言うことを誰よりも知っていたから。


 エマはそこまで考えて、ふと、火事の原因は何だったのだろうかという疑問を持った。

 結局原因もわからないままブラットフォード伯爵家を追い出されて、知るよしもないままだったけれど、雨の日にあれだけ勢いよく火が回ったのだ。しかも夜中、誰もが寝静まっていた時間にだ。


 春の訪れもまだな寒い時期だったので、エマはてっきり暖炉が火元だと思っていたが、暖炉の周りには燃え移りそうなものは置かない。


 今更そんなことを考えたって仕方がないことはわかっているのに、エマはどうしてか、およそ八か月前のあの火事の原因が、無性に気になってならなかった。



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