エマの過去 6
「――っ」
ユーインは息を呑んだ。
そして、反射的にエマにつながれていない手で目元を覆う。
そうしないと、情けなくも泣いてしまいそうだったからだ。
ユーインはずっと誰かに責められたかった。
お前のせいだと、お前が悪いのだと、ユーインのせいでハミルトンが死ぬのだと、はっきりと完膚なきまでに叩きのめしてほしかった。
でも本当は――本当の本当は、誰かに違うと言ってほしかったのだ。
お前のせいじゃない。
お前が悪いんじゃない。
ずっとずっと、誰かにそう言ってほしかった。
「バンシーはあなたを守っていたけれど、死ぬ運命を持った王太子殿下を見つけて吸い寄せられただけだわ。あなたが、王太子殿下を病気にしたんじゃない」
エマの穏やかな声は、ユーインの暗く凍てつきそうだった心を優しく溶かしてくれる。
つながれた手が、温かかった。
エマと出会わなければ、ユーインはずっと、自分自身を責め続けることになっただろう。
ハミルトンを助けることもかなわずに、ただひたすらに、自分が死ぬべきだったのだと、自分自身に呪いの言葉を吐き続けて。
「ごめん、エマ……少しだけ……」
「ええ」
ユーインが最後まで言わなくても、エマは理解したように手を放してくれる。
ユーインは立ち上がって、そのままざぶざぶと湖の中に入った。
腰ほどまでの深さのところまで歩いていって、大きく息を吸い込む。
ぽたぽたと、きつくつむった目から零れ落ちた涙が、湖に吸い込まれて――
ユーインはしばらく、声を殺して泣いた。
☆
しばらくして戻ってきたユーインは、いつも通りの彼だった。
顔を洗ったのか、顔からも髪からもぽたぽたと雫が滴り落ちているのを見てエマがタオルを差し出すと、穏やかな微笑みを浮かべて「ありがとう」と受け取る。
(よかったわ。大丈夫そう)
エマはホッと胸をなでおろした後で、ちょっぴりおかしくなった。
お互いに胸の中に秘めていたことを口に出して、そろって泣いてしまうなんて、自分たちは一体何をしているのだろうかと。
ユーインも同じ気持ちなのか、照れたような顔で笑うと、火の前に腰を下ろす。
「着替えなくていい?」
「うん。濡れているのが気持ちいいし、火の側にいたらそのうち乾きそうだから。エマこそいいの?」
訊ねられて、エマはそこでようやく自分も濡れたままだったことに気づいた。
ハッと自分の姿を見下して、慌てて立ち上がる。
濡れて透けているわけではないが、さすがにこのままなのは恥ずかしい。
「き、着替えるわ! ちょっとあっち向いてて!」
エマは急いで荷物から着替えを取り出すと、茂みの奥に走っていく。
そして手早く着替えてくると、濡れた服を焚火の側に広げておいた。こうしておけば朝には乾いていると思う。
「ええっと、それで……そうよ! エルフの秘薬についてだったわね!」
「そうそう、そうだったね! うん、そのエルフの秘薬って言うものは、パナセアのような万能薬なのかな」
どうしてだろう、なんだか気恥ずかしくてちょっともじもじしてしまう。
「そ、そうなの。と言ってもエルフの秘薬ではさすがに不老不死なんてものは無理だけど、万能薬と言ってもおかしくないくらいよく効く薬だと聞くわ。……わたしも実際に見たことがあるわけではないけど、わたしが知る中でこれ以上の薬はないから、試してみる価値はあると思うの」
「そうだね、そんな薬があるのなら、ぜひ試してみたい。バンシーだっけ? フードの女のことはエマのおかげで理解できたけど、だからといって、このままハミルトンを死なせるわけにはいかないよ」
「ええ」
エマは頷いて、妖精女王からもらったムーンストーンを見せた。
「エルフの秘薬は、その名前が示す通り、エルフの作る薬よ。でもね、エルフは大昔に隠棲して、人の前に姿を現さないの。それどころか妖精たちも彼らの住処を詳しく知らないから、妖精女王に訊くためにここに来たのよ。そしてこのムーンストーンをもらったわ。これが指し示す方角にエルフが住んでいると言うのだけど……指し示すって、どういうことなのかしらね?」
親指ほどもある大きなムーンストーンは、一見したところ何の変哲もないように見える。
ユーインが手を差し出したので渡すと、しげしげとムーンストーンを眺めながら、彼も首をひねる。
「シラーが入っていて、とても質のいいムーンストーンだとは思う。でも、指し示すというからには、何らかの場所か方角かを示すと思うんだけど、どういうことだろう」
「この尖った方がどこかを向くのかしら? 水に浮かべてみるとか……」
「ムーンストーンは水には浮かないと思うよ」
「そうよね」
ムーンストーンは涙型をしていて、湖にでも浮かべたら方角を示してくれるのかもしれないと思ったが、確かにムーンストーンは水には浮かない。石だからだ。
「一体なんかのかしら」
ユーインからムーンストーンを返してもらって、妖精女王は説明が足りないわと、エマが何気なく石を月にかざした時だった。
月光が乳白色のムーンストーンに入り込んだかと思うと、涙型の尖った方から、すっと一条の光が伸びたのだ。
それはムーンストーンのシラーのように青白く輝く光だった。
青白い光はまっすぐ北東の方角を指示している。
「……指し示してくれたわね」
「つまりあっちに行けってことだね」
光の指す方角を見やって、エマとユーインは思わず顔を見合わせて苦笑した。
「とにかく方角はわかったから、下山して北東を目指そう」
「ええ」
ムーンストーンの光が示す先に行けば、エルフの暮らす里があるだろう。
それがどれほど離れた場所にあるのかはわからないが、そこがユーインとの旅の終着点になるのは間違いない。
それを寂しいと思ってしまうのは、ユーインとの旅が楽しいと感じているからだろうか。
エマは沸いたお湯でお茶を入れながら、こっそりと、ユーインの綺麗な横顔を見つめたのだった。
自分でもわからない、小さな胸の痛みを持て余しながら。
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