エマの過去 1

 ユーインは、夢を見ているのかと思った。


 話し声がしてぼんやりと目を覚ましたユーインは、湖に膝までつかりながら、虚空に向かって話をしているエマの姿を見つけたのだ。

 それだけではない。

 エマの周りに月光が降り注いで、きらきらと光っていた。

 まるでそこだけ違う世界であるかのような、そんな不思議な光景だった。

 まるで夜空に輝く月が意志を持ってエマを照らしている――あり得ないとわかっているのに、ユーインにはそう思えてならなかった。


(エマは本当に人間なのだろうか)


 そんな妙な疑問すら抱いてしまう。

 はじめて会ったときから、エマは人とは少し違う独特の雰囲気をまとった女の子だった。

 燃えるような赤い髪に、くりっと大きな茶色い瞳。小柄で、華奢で、手足は小鹿のように細く、風が吹けば飛んでいきそうな危うさもあって、おとぎ話に出てくる妖精のようだと思ったものだ。

 だからだろうか、今この光景を前に、本当にエマは妖精なのではないかと思ってしまう自分がいた。


「エマ……。今、君の周りがキラキラと光っていたよ。まるで君の周りにだけ星屑が落ちてきたみたいだった。それに……俺の空耳でなければ、君は今、誰かと話をしていなかったかな」


 妖精かもしれないと思ってしまったからこそ、声をかけずにはいられなかった。

 このまま黙っていたら、先ほどエマの周りを取り囲んでいた光のように、エマが消えていなくなるのではないかと思ってしまったから。

 そして、ユーインはすぐにそれが失敗だったとも悟った。

 ユーインが訊ねた直後、エマは何かに怯えたような顔をしたのだ。


(ああ、きっと……エマにとっては見られてはいけないことだったのかもしれない)


 そう思ったけれど、口に出してしまった後だ。

 そして、ユーインはエマをこのまま、先ほどの光に奪われる気はさらさらない。

 慌てたように湖の中で踵を返し、どこかへ逃げようとしたエマを追いかけて湖に入る。


「エマ!」


 ざぶざぶと水の中を走るようにし追いかけて、背後からエマの華奢な体を抱きしめて捕まえた。

 びくり、と華奢な体がユーインの腕の中で震える。


「待ってくれ。行かないで」


 ユーインが懇願すると、エマはびくびくしながらも、ユーインの方を振り向いてくれた。

 振り向いたエマは、情けなさそうで、不安そうで、泣きそうな顔をしていた。

 その瞬間、ユーインの心がぎゅっと締め付けられる。


(ああ、わかった……)


 どうして自分は、会ったばかりの女の子の旅に同行したいなどと申し出たのか。

 どうして自分は、エマがいなくなることを恐れたのか。

 どうして今、こんなにも胸が締め付けられるのか。


(俺は――)


 きっと、この不思議な女の子に、心を奪われていたのだ。


 ――はじめて会った、あのときから。

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