妖精女王の住む山 3

 エマとともに焚火をしている場所まで戻りながら、ユーインは何度も首をひねっていた。


(俺はなんであんなところに……。でも、なんとなくぼんやりと歩いていった記憶があるような……)


 はっきりとは覚えていないが、火の番をしているときに誰かに呼ばれたような気がしたのだ。

 そのあと、誰かに呼ばれるままに立ち上がり、ふらふらと奥へと歩いて行った気が、しなくもない。


(もしかして夢遊病とかいうやつか? いやいや! 今までそんなこと……、ああ、あった気がする。子供のころだけど)


 今まで忘れていたが、子供のころ、夜中に急に起き上がってふらふらと廊下を歩いているところを使用人や家族に発見されたことが何度かあったのだ。

 心配した両親に精神科医に連れていかれたこともあった。

 結局原因はわからず「子供にはよくあることですね」で片づけられたと聞いたが、まさか大人になった今でも同じようなことをするなんて思わなかった。

 その上、あのような妙な場所で眠った挙句、エマに発見されて起こされるなんて。


(……恥ずかしい)


 エマは、おかしな男だと思わなかっただろうか。

 エマにあきれられたり、変人だと思われるのは、なんだかとても嫌だった。

 それでなくとも、初対面が初対面である。行き倒れているところを救われて、しかも空腹で動けなくなったなんて、すでにとんでもなく恥ずかしいところを見られているのだ。


(それに、なんか変なことをエマが言っていたような……気のせいか?)


 エマが誰かと話している話し声がした気がしたのだ。

 その時、ユーインには恋人がいて、恋人のために薬を探しているのだとかなんとか言っていた気がする。


(いやいや、きっと変な夢だろう)


 何故ならユーインには恋人なんていないし、エマにも説明した通り、友人のためにパナセアを探しているのだ。


 ユーインは、本名はユーイン・ファルコナーという。

 アンヴィル国のファルコナー公爵家の三男だ。


 母は国王の姉で、ゆえに、同じ年の王太子ハミルトンとは、従兄弟であり近しい友人としてともに育った。

 そんな友人のハミルトンが病に倒れ、国中の名医が「打つ手なし」と診断してから、ユーインの――ファルコナー家の周辺は、とても騒がしくなったように思う。


 だがそれも仕方がない。

 現王にはハミルトンただ一人しか子がおらず、王位継承が男子優先であるアンヴィル国では、彼に継ぐ王継承権を持っているのがユーインの長兄なのだ。

 つまり、王太子に万が一のことがあれば、王位はファルコナー公爵家に転がり込んでくる。

 ハミルトンの病が治らないと知った貴族や重鎮たちはすでに水面下でその動きを見せていた。

 だが、国というのは必ずしも一枚岩ではないものだ。

 ファルコナー公爵家に取り入ろうとするものが多い一方で、ファルコナー公爵家を面白く思っていない連中の中から、ハミルトンの病が実はファルコナー公爵家の陰謀ではないかと言い出すものが出た。


 ――だが、陰謀ではないにせよ、ある意味、ファルコナー公爵家の……いや、ユーインのせいでハミルトンが病気になったのは、間違いない。


 ユーインはぎゅっと拳を握る。





 あれは、ユーインが旅に出る、一か月ほど前のことだった。

 そのくらいのときから、ユーインの近くに、緑色の服に灰色のローブを羽織った、不思議な女が現れるようになった。

 ユーインは驚いたが、彼女の存在はユーイン以外の誰にも見えていなかったので、彼は「またか」とそのときはさして気にしなかった。

 何故ならユーインは、ごくたまに、奇妙なものを見ることがあったのだ。

 人には見えないよくわからないもの。大人になってからはほとんど見ることはなくなったが、子供のころは、空飛ぶ兎がいるなどと言っては大人をずいぶん困らせたらしい。

 そんな奇妙なものは、決まってすぐに見えなくなったので、灰色のローブの女も、すぐに消えると思っていた。


 しかし、どういうことか、その灰色のローブの女は、やたらとユーインに付きまとった。

 朝も昼も夜も、気がつけば側にいる。

 ローブを目深にかぶっていて表情はわからなかったが、フードの下の見えない双眸が、じっとこちらを凝視しているようなそんな気がして、ユーインは気味が悪くて仕方がなかった。

 もしかして彼女は死神か何かだろうか。

 すると自分はもうすぐ死ぬのかもしれない。

 そんな嫌な予感すら覚えて、だんだんと眠りが浅くなっていったのを覚えている。

 そんなある日のことだった。


「やあユーイン。君、どこか悪いのかい? 目の下に隈ができているよ」


 ハミルトンがふらりとファルコナー公爵家に遊びに来た。

 ハミルトンは忙しい身だが、息抜きにユーインを遠乗りやボードゲームに誘いに来る。

 ファルコナー公爵家のタウンハウスは城から歩いて五分とかからない場所にあったので、ハミルトンにしてみれば訪ねやすい場所でもあったのだ。


「ああ、ハミルトン。いや、最近あまり眠れなくてね」

「医者には相談したのか?」

「まだだ。……そのうち治ると思うから」


 あのローブの女さえいなくなれば眠れるようになるのだ。第一、医者に診てもらったところで、変な女の姿を見るせいだなどと言えるはずもない。


「じゃあ今日は長居をしない方がよさそうだ。あまり無理をするなよ」


 ハミルトンがポンとユーインの肩を叩いた、そのときだった。

 ふっと、目の前にユーインに付きまとっていた灰色のローブの女が現れたと思うと、ハミルトンに大きく手を広げて抱き着いたのだ。

 ユーインが驚いて目をしばたたいているうちに、去っていくハミルトンの後を追いかけるように、灰色のローブの女が飛んで行った。


 ――ハミルトンが倒れたのは、それから三日後の夜のことだった。



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