妖精女王の住む山 4
(きっと俺のせいなんだ……)
灰色のローブの女は、やはり死神だったのだろう。
ユーインに降りかかるはずだった死が、何かの拍子にハミルトンに移ってしまったのだ。
(俺のせいでハミルトンが……)
それだけではない。
ハミルトンが治療の術がない難病にかかってしまったせいで、国の中枢はとてもぎすぎすしている。
今はまだ小さな火種だが、ファルコナー公爵家が国家簒奪をもくろむ反逆者だと言い出す連中もいて、いつ大騒ぎになるかわかったものではなかった。
だから、ユーインは旅に出たのだ。
ハミルトンはユーインのせいで病気になったのだから。
パナセアが伝説上のものであることはわかっている。
けれどもユーインには、もはやそれにすがることしか思いつかなかったのだ。
旅に出ると言ったとき、当然父も母も、兄たちも、国王すら止めた。
そんな無謀で、探しても見つかるはずもないものを探しに行ってどうするのだと言われた。
だから、ユーインは家出同然でこっそり家を飛び出したのだ。
探さないと。
見つけないと。
俺のせいだから――
思えば、ただじっとしていられなかっただけなのかもしれない。
ハミルトンを見舞うたびに、一人でぼんやりしているたびに、自責の念に駆られて頭がおかしくなりそうだった。
俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ――
頭の中のもう一人の自分が常に囁き続ける。
ユーインが、ハミルトンを殺すのだ。
ユーインが、あのローブの死神をハミルトンに移してしまったのだ。
ユーインのせいで大切な友人が、王太子が、死んでしまう。
頭の中のもう一人の自分がささやき続ける言葉は、まるで一種の呪いのようだった。
ユーインの体を見えない蜘蛛の糸でからめとって、次第に身動すらできなくなる、そんな呪いのように感じた。
そんなねっとりと絡みつく蜘蛛の糸が恐ろしくて、ユーインはあてもないのに邸を飛び出したのだ。ハミルトンを助けたいから。
(違うな。……俺は逃げたんだろう)
じっとしていることが怖くて。
ハミルトンが死に向かう様子を見るのが怖くて。
自分のせいだと、ささやき続けるもう一人の自分が恐ろしくて。
(俺はなんて弱いんだろう……)
ハミルトンを助けたいという気持ちは本当だ。
けれども、同時に逃げたのだ。
ユーインの心の中は、まるで夜の湖の水底のようだった。
暗くて、何も見えなくて――あがいても決して光を掴むことができない暗闇。
そんな自責の念という名の闇の中で、ユーインは次第に窒息して死んでしまうのではないだろうかとそんな風に思う。
(だからかな、エマ。君がとても眩しいんだ)
エマにもきっと何か秘密があるだろう。
女の子が一人で旅をしている時点で訳ありだろうが、エマはきっとそれだけではない。
(多分だけど、いいところのお嬢さんな気がするんだ)
人間、しみついた所作というものはなかなか消えない。
エマはとても所作がきれいなのだ。こういう言い方はよくないかもしれないが、日々の生活に追われる平民が身に着けることができる所作ではない。富豪か、貴族か、そうでなくともそれなりに裕福な家庭の出のはずだ。
そんな彼女がたった一人で、行く当ても決めずに旅をしているという。
友達を探すためだけに。
訳ありに違いなかったが、それでも彼女は明るく前向きで、そしてとても自由だ。
ユーインと違って、純粋に「友達を探すために旅をしている」と言い切ることができるほど、何のしがらみもない。
ユーインとはまるで違う。
(エマ、君は強いね)
そんなエマのそばにいると、ユーインは暗くてぐちゃぐちゃだった自分の心が浄化されていくような不思議な気持ちになるのだ。
(いつか、君のことを教えてくれるかな。もっともっと、君のことが知りたい……)
焚火をしている場所に戻って、「はい」と水を差し出してくれるエマの笑顔を見ながら、ユーインはそんなことを思っていた。
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