第25話 幸福と告白




「そろそろ戻ろう。パーティーが始まる」


 しばらく泣いて落ち着いてきた私にシェンはそう言った。


 彼は手を引いて私を立ち上がらせようとする……けど、私は座ったままだった。


「エリィ……?」

「……」

「すまない……怖い思いをさせたばかりなのに、配慮が足りなかった」


 シェンは目を伏せて謝ってくれる。


「ううん、違うの」


 私は首を横に振って、彼の言葉をやんわりと否定する。


「怖かったのはその通りよ。でも、分からなくなって」

「分からない?」

「……私なんかがシェンと結婚していいのかなって」


 私がそれを口にすると、彼はショックを受けたように唇を戦慄かせた。


「それは……私が嫌いになったとか?」

「違うわ。そうじゃない。シェンが悪いんじゃなくて、問題があるのは私の方……」


 私はずっと胸にしまっていたことをシェンに話した。


 私は本当に何にもない年上の女でしかないことや、彼が抱いてる恋心は美化された思い出であること。


「……」


 あんなに言えなかったのに、言葉はスラスラ出てきた。


 とてもとても怖い思いをして、心底後悔したから、余計な見栄がなくなったのかもしれない。


 私にだってまだ誰かに愛される価値がある。


 あれだけ自分を卑下しておきながら、本当の本音ではそう思っていたらしい。


 でももう、自分の価値を水増しする気力も失せて、今は素直になれた気がする。


「……」


 私の話をシェンは最後まで黙って聞いてくれた。


 これで彼も目が覚めるだろう。

 幸せな夢も終わり。


 でも十分。

 私には身に余るような幸福な時間だった。


 あと残りの人生は、このひと月余りの日々を噛み締めながら生きていこう。


 そう思って私が乾いた涙の痕を指でなぞっていると、突然シェンがその手を掴まえた。


「……シェン?」

「エリィが苦しんでいることに気づいてやれなくてすまない」


 シェンは目を伏せたまま言う。


「そんな……謝らないで? 悪いのは言えなかった私の方なんだから」

「違う。告白しただけで満足して、君を不安にさせた私が悪い」

「そんなこと」

「いいや」


 気がつけば私たちはお互いに自分が悪いと言って押し問答を始めていた。


「エリィはどうしたら私の気持ちを分かってくれるんだ?」

「だからそれは思い出を美化してるだけで……」


 私は目を逸らそうとするが、手を引っ張られて無理やり彼の方を向かされる。


「私は美化などしていない」

「……嘘よ。だって私、あの頃から10歳も歳を取ってるのよ?」


 言ってて少し悲しくなってきた。


「シェンならもっと若くて綺麗で、今のあなたに相応しい貴族の令嬢と結婚できるわ。だから」

「だから何なんだ?」


 シェンはさらに力強く痛いほどに私の手を握る。


「私はエリィが好きだ」

「……」

「これでは足りないか? ならもっと、いくらでも、毎日でも愛を君に伝える。それでもまだ足りないだろうか?」

「やめて……」

「昔エリィを好きになったのはその通りだ。そして今も君が好きなのも本当だ。どうすればそれが伝えられる?」

「ダメ……」


 私はシェンの手を振りほどこうとする。


 彼を不幸せにしないために手を離したいのに……どうしても振りほどく手に力が入らない。


「エリィは私が嫌いになったのか?」

「そんなの……!」


 そうならもっと早く言っていた。


 今日までずっと何も言えなかったのは、シェンに嫌われたくなかったから。


 あなたに嫌われたくないのは――

 私の本当の気持ちは――


「――好きに決まってるじゃない!」


 私は叫ぶように、自分の気持ちをぶちまけた。


 ずっと言えなくて。

 苦しくて。

 年の差に負い目を感じて。

 分不相応な幸せに怖じ気づいて。


 あまりに眩しすぎて、おっかなびっくりとしか触れられない。


 そんないじけた年増のビクビクとした初恋が叶うなんて、誰が信じるの?


 でも、叶った。

 叶っていいんだと、彼が信じさせてくれた。



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