第24話 救出と涙




 背中から伝わるガタゴトという硬い震動で私は目を覚ました。


「……?」


 ここは……?


 暗くてすぐには分からなかった。


 ただ古い木の臭いがする。

 あと空気が少し冷たい。


 そのふたつで、なんとなく外にいるという気がした。


「おっ、気がついたか」

「……!」


 突然男の人の声がして、思わず首を竦ませる。


 声のした方に視線を下げると、そちらには見知らぬ男性が3人もいた。


 慌てて逃げようとして、手足が縛られていることにも気づく。


 わけが分からなくて頭が混乱する。


「あ、あなたたちは誰?」


 震える声で尋ねる私の顔を見て、男の人たちはニタニタと笑うだけで答えない。


 そうしている内に、徐々に目が暗闇に慣れてきた。


 周りが見えるようになり、自分が狭い幌馬車に乗せられているのが分かった。


 縛られた手足。

 暗い夜道を走る幌馬車。

 ガラの悪い男の人たち。


 ここまで条件が揃えば、鈍感な私でも人さらいに遭ったのだと察せられる。


 そういえば私を案内したあのメイドの人、お屋敷で顔を見たことがなかった気がする。


 私は罠に嵌められたのだ。


「何で……」


 どうして急にこんな目に遭ったのか、詳しいことは分からない。


 分からないけど、とりあえず怖い。

 とにかく逃げたい。

 何でもいいから助かりたい。


 そう思う反面……罰があたったんだと納得してしまっている自分もいた。


 シェンに告白されてからずっと、私はあまりに幸福すぎた。


 おいしいご飯、綺麗なドレス、温かいベッド、広い部屋。


 そもそも彼に結婚を申し込まれたこと自体、私のような年増には身に余る幸せだ。


 それを手放したくなくて、彼が子供の頃に抱いた幻の恋心につけ込んだ。


 これはきっとその報いなんだろう。

 だから仕方ない。

 仕方ない。


 仕方……ない。


 そう思うのになぜだろう……みっともなく涙が溢れてくるのは。


「……っ」


 私が鳴き声を上げそうになった時、胸がほんのりと熱くなる。


「?」


 何かと思って自分の体を見下ろすと、ひと筋の赤い光が厚い幌を突き抜けて私の胸元に吸い込まれていた。


「な、何だそりゃ!?」


 人さらいのひとりがそれに気づいて、怖い形相で手を伸ばしてくる。


「ヒッ!」


 襲われると思って短い悲鳴を上げた瞬間、幌馬車がガタガタと大きく揺れ始めた。


「きゃあ!」

「何だぁ!?」


 急な浮遊感を覚えたかと思うと、幌馬車が傾き、そのまま宙へと舞い上がる。


「うわあああ!」


 たちまち幌馬車の傾きは垂直になり、人さらいの人たちは穴から落っこちていった。


「!?」


 当然、手足を縛られている私は何かを掴むこともできず穴から宙へ放り出される。


 そのまま彼らと同じ運命を辿るかに思われたが――その前に、空中で誰かの腕に抱き留められた。


「エリィ!!」

「……シェン!」


 それはシェンだった。

 私は彼の腕に抱かれ宙を浮いていたのだ。


「えっ!? 何でっ、これっ!?」

「落ち着け。私の魔法で飛んでいるだけだ」

「……!」


 魔法……それで。


 手足を縛られていたのが逆に幸いしたというか、パニックで暴れる前に彼の言葉で落ち着きを取り戻すことができた。


 それから私は彼の手で地面まで下ろしてもらい、手足の縄を解いてもらった。


 ふと気づけば、何メートルか先の地面で、人さらいたちがピクピクと痙攣して呻いていた。


 結構な高さから落ちたと思うけど、見たところ命に別状はないようだ。


「ケガはないか?」

「ええ……だい、大丈夫……っ」


 無事を伝えようとして、急に足腰から力が抜けた。


 そのまま私は腰を抜かして、地面にへたり込む。


「エリィ!?」

「平気よ……腰が抜けただけっ」


 私はなるべく笑おうとするが、体の震えが止まらなかった。


 そんな私を、シェンが抱き締めてくれた。


「もう大丈夫だ」

「……っ」


 その言葉で、今度こそ涙が溢れた。


「ありがとっ……! シェン……っ!」


 そうして私は彼に抱きついたまま、ワンワンと泣きじゃくったのだった。




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