第20話 お茶会とバラ園




 シェンとのデートから数日が経った。


「エリィ様。今日はテーブルマナーの復習から参りましょう。その次は歴史のお勉強。それから」

「ソニア、気合い入ってますね」

「せっかく侍女にしていただきましたし、御恩には報いませんと」


 私は知らなかったのだけど、メイドより侍女の方が偉いらしい。


 つまりソニアは出世したことになり、そのことで感謝してくれているようだ。


 決めたのは私ではないけれど、彼女が喜んでくれたなら嬉しい。


「では食堂の方に移動を」

「ええ」


 そうして私たちが食堂へ行く途中、メイドがひとり小走りにこちらへやってきた。


「エリィ様!」


 随分と慌てた様子だ。


「何かありましたか?」

「その、エリィ様にお客様が」

「お客?」


 そんな予定あったかしら?


 ソニアをチラッと見るが、彼女も怪訝そうに首を横に振る。


「どなたがいらっしゃったの?」

「ボルギア家のご令嬢です」


 ボルギア家の、ということはベル嬢?


「いかがなさいますか?」

「……とりあえず、お会いしましょう」


 用件は分からないけど、会いもせずに追い返したらシェンにどんな迷惑がかかるか分からないし。


 そういうわけで急遽玄関へ向かった。


「ああ、エリィ様!」

「お待たせしました」


 ベル嬢は私が来たのを見ると表情を綻ばせる。


「えっと……それで本日はどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」


 失礼にならないように、口調に気をつけて尋ねる。


「偶然近くまで来たものですから、ご挨拶にでもと思いましたの。先日はご一緒できませんでしたし」

「なるほど」


 確かにこの前は食事の誘いを断ってしまった。


 それを考えると、ここでまた断るのは気が引ける。

 せっかく尋ねてくれたわけだし。


「分かりましたわ」


▽ ▽ ▽ ▽


 というわけで、メイドたちに頼んで庭にお茶会の準備をしてもらった。


「あっ……!」


 スプーンを落としてしまった。


「す、すみません」

「いいえ、お気になさらず」


 粗相をしたことを謝るが、ベル嬢は言葉通りあまり気にした様子はなかった。


 そのことに安堵するものの、お茶会のマナーを思い出すのに必死で今もいっぱいいっぱいだ。


 練習では問題なくできるようになっていたはずなのに~~!


 やっぱり本番となると緊張してしまうものなのかもしれない。


 ベル嬢が寛容な方でなかったら、今頃どうなっていたことか。


 そうしてしばらくお茶と歓談を続けていると、ふと彼女が庭の一角を指差し、


「あら、あちらに見えるのは何かしら?」

「えっと……確か、バラ園ですね」

「行ってみたいわ」

「分かりました」


 ベル嬢の言葉に頷き、私たちは椅子から立ち上がる。


 当然、お互いのメイドや侍女もついてこようとするが。


「エリィ様とふたりきりになりたいわ」

「え?」


 バラ園の手前まで来たところで急に彼女がそんなことを言う。


「えっと……」


 私はソニアを振り返る。


 ベル嬢がいる手前、彼女は口で直接言わなかったが、視線でやめておくように訴えている気がした。


「ねぇ、いいでしょう? 私、エリィ様ともっと仲よくなりたいわ」


 私が迷っていると、ベル嬢がこちらの手を取って重ねてお願いしてくる。


 ソニアの警告は気になるけど……でもここでベル嬢と揉めて、フリード家とボルギア家の揉め事に発展したりしないだろうか?


 杞憂かもしれないけど、それでシェンやマルス様に迷惑をかけたくない。


「ここで待っていてください」


 私はソニアたちにそう告げて、ベル嬢とふたりでバラ園の中に入っていった。




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