第21話 棘と悪意




 庭のバラ園には私もはじめて入った。


 マルス様の亡くなった奥様のお気に入りだったらしく、今でも維持を続けているそうだ。


「綺麗ですねぇ」

「ええ」


 庭師の人がお世話しているバラ園のバラは綺麗に咲き誇り、芳しい匂いが漂っていた。


 ベル嬢はその内の一輪を手に取り、そっと香りを楽しんでいる。


 髪、綺麗だなぁ……。


 彼女の豊かな金髪も相まって、それはとても絵になる光景だった。


「ねぇ、エリィ様のご出身はどちら?」

「出身? えっと、南のスーシャ村です」

「いえいえ、そうではなくてご実家は? お父様は国でどんなお仕事を? 爵位は?」

「えっ? え?」


 質問を畳みかけられ、私はあたふたしてしまう。


 けど困った。

 答えられる質問が殆どない。


「その、父はもういません。家は、母が孤児院をやっていて……」

「あら? では貴族ではないのね」

「そうです」

「ならシェン様とはどういう経緯でお知り合いに?」

「それは……」


 私は素直に彼との出会いをかいつまんで話した。


「ふぅん……そう」


 ベル嬢は頷く。

 彼女はバラから手を離すと、私の方へ近づいてきた。


「シェン様が何で貴女に結婚を申し込んだのか不思議だったけど、そういうことなのね」

「……!」


 何だろう、凄く背筋が……。


「あの、どうしてそのことを?」


 婚約発表はまだのはずだ。


「そんなの耳聡い人たちの間ではとっくに噂になってるわ。フリード家が急に年増の女を家に招き入れたって」


 そんな噂になってるの?

 それって凄い恥ずかしく思うと同時に背中がゾワゾワする。


「ねぇ、シェン様って凄いモテるのよ。ご存じ?」

「それは……はい」

「本当に? 彼がパーティーに来る度に、どれだけの数の令嬢が群がるか想像つく?」

「……」

「当然だけど、みーんな貴女より若くて綺麗な娘ばかりよ」


 ベル嬢の言葉がチクチクと棘のように胸に刺さる。


 彼女の言う通り、私はそんなに綺麗でもなければ決して若くもない。

 そんなことは薄々自覚していた……。


「で、でもシェンもマルス様も私のことを認めて……っ!」


 私はギュッとドレスの裾を握り締め、精一杯反論する。


「そんなの、シェン様は思い出に恋しているだけよ」

「……っ!」


 ピシッと何か嫌な音がした気がした。


 思い出に恋してるだけ。

 それは私がどうしても口にできなかった言葉だ。


 だってそれはきっと事実だから。


 私が彼と過ごしたのはほんの数年。

 それから10年も離れ離れで……急に結婚だなんて。


 彼の記憶の中で、私は一体どれだけ美化されてるんだろう?


 そう疑うのは当然で……。

 当然だから聞けなかった。

 怖かったから。


「いつかきっとシェン様もこう思うわ――『あれ? 何か違うな』って。だって本当の貴女は彼より年上で、大した取り柄もないんですもの」






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