第19話 感想と口調


 シェンの部屋に入るのってはじめてだな。


 もっとものが少ないと思っていたけど、想像より家具が多かった。


 特に多いのは壁の両脇を埋める本棚。

 その傍に本を読むためと思しきソファと背の低いテーブルがひとつずつ。


 それと大きな机があって、壁際にも小さな机が置いてある。


 あとは衣装棚にランプ台。

 それに壁には細身の剣が飾られている。


「あれは儀礼用のサーベルだ」

「へぇー」


 言われてみれば普段腰にしてるものと違うかも。


「そこに座ってくれ」


 シェンに勧められるがままソファに腰を下ろす。

 と、彼も隣に座った。


 ちょっと近い、かも?


「どうした?」

「いえ……」


 落ち着いて私。

 ソファなんだから距離が近いのは当たり前。


 でも同じ馬車に乗っている時より、ふたりきりというのを意識してしまう。

 ここが彼の部屋だからかな……?


「今日はどうだった?」

「え?」


 急に尋ねられて尋ね返すと、彼は一瞬困った顔をする。


「……今日は楽しかっただろうか?」


 少し間を置いて、彼はもう一度尋ねてくる。


 私のデートの感想が聞きたいみたい。


「もちろん、とても楽しかったですよ」


 ちょっと不安そうにしている彼に、私は笑顔で答える。


 実際、彼とのデートは楽しかった。


 行き先はとても考えられていたし、いろいろな部分で私のことを気遣ってくれていたのが感じられた。


 私の知らないもの気になっていたものも沢山見られたし、素敵な贈り物も沢山もらった。


 これで不満なんて口にしたら、それこそ罰が当たるというものだ。


「そうか。よかった」


 シェンは安堵したように呟き、微笑を浮かべる。


「今抱えてる仕事が終われば早く帰れるようになる。そうしたらまた遊びに行こう」

「それは楽しみですね」


 次の約束ができて、つい声が弾む。


 けれどシェンは私の返事を聞いて、少し眉尻を下げてしまった。


「どうかしました?」

「いや……」

「何です?」

「うむ……いや……」


 シェンは少し迷う素振りを見せたあと。


「その、エリィの口調が……」

「あっ……すみません。まだ言葉遣いに慣れてなくて」


 貴族の妻に相応しい言葉遣いは勉強中なのだけれど、時々素の喋り方が漏れてしまう。


 彼のことも油断するとすぐシェン君と呼んでしまいそうになるし。


「これからは気をつけますね」

「いや、そうではなくて……」

「?」

「その口調で喋られると他人行儀に聞こえて……少し寂しい」

「……えっ」


 まさかそんなことを言われると思っておらず、ついつい驚いてしまった。


 するとそれが表情に出てしまったようで、彼は不満げな顔になる。


「私がこんなことを言うのはそんなにおかしいか?」

「えっ!? いえ、そういうわけじゃ」


 嘘。びっくりした。


 だってあれから10年経ったシェンはすっかり大人になって、カッコよくもなって。


 貴族として立派に成長して、騎士団長として英雄にもなって。


 正直、私なんか釣り合わないような美男子になっていたから。


 こんな風に寂しいなんて言われるとは夢にも思ってなかった。


「……じゃあ、どうして欲しいんですか?」


 この言葉遣いは必要だから今習っているものだ。

 それを完全に無視しては、私も彼も困ると思う。


 彼はしばらく考えて。


「なら、ふたりきりの時は昔のように話してくれないか?」

「……分かったわ」


 彼の提案に私は小さく頷いた。


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