第18話 不穏な視線と延長戦




「どうですか? よければこのあと我々と食事などを」

「いや、結構」


 ボルギア伯爵からのお誘いを、シェンはやや食い気味に断った。


「!?」


 かと思ったら、きゅきゅ急に私の腰をグイッと抱き寄せてきた!


「今日は彼女と過ごす予定なので」

「……っ!?」


 いや、それは確かにその通りだけど、抱き寄せる意味は!?


「それでは失礼する」


 シェンは手短に断りを入れると、そのまま私とともに歩き出してしまった。


 いくら何でもこれって失礼なんじゃ?


 そう思って私はつい後ろを振り返る。

 すると、こちらをジッと見ているベル嬢と目が合った。


「……」


 何だろう今の視線……?

 こういう言い方は凄く失礼だと思うけど、なんだかちょっと……怖い感じ。


 そうこうしている内に通路の角を曲がり、ボルギア親子の姿も見えなくなった。


 その後もシェンはズンズン歩き、そのまま美術館からも出て馬車に私を押し込めるように乗ってしまう。


「出してくれ」


 彼は御者にそう言って馬車の扉を閉める。


 ほどなく馬車は進み始めた。


「……」

「……」


 き、気まずい。

 こういう時、何て言ったらいいんだろう?


 考えてみたが何も思いつかない。


 だって何がどうして、シェンが早々にボルギア伯から離れたがったのか分からないし。


 きっと私の知らない貴族のあれこれ……なのかな?


 それを彼に尋ねてもいいのか、これもまた分からない。


「……すまない」

「え?」


 しばらく沈黙が流れたあと、急に彼から謝られた。


「美術館が途中だったのに、勝手に連れ出してしまって」

「あっ! ううん、大丈夫だ……ですよ」

「……」


 シェンは少しの間無言だったけれど、ふと小さく笑ってため息を吐く。


「急に悪かった。気を取り直して続きを楽しもう」


 そうしてトラブル(?)もありつつ、午後も王都の名所などを巡り回った。


 最近は勉強ばかりだったのもあり、名所巡りは楽しかった。


 それから口直しにもう1軒別の美術館にも行った。


 途中で甘いものをご馳走になり、そのおいしさに思わず子供のようにはしゃいでしまった。


「シェン、これ凄くおいしいわ」

「そうか」

「ええ……孤児院の子たちにも食べさせてあげたいな」


 ケミィたちは元気にしてるかな?


「……」


 ふと孤児院の子たちのことを思い出すと、少しせつない気分になる。


 私とシェンの結婚を機に、フリード家から多額の支援をしていただけるとマルス様は仰っていたけど。


 それはそれとして、やっぱり皆に会いたいなぁ。


 今は勉強や婚約発表のことで手一杯だけど、その内落ち着いたらまた……。


「エリィ?」

「あっ、ううん、何でもないわ」


 シェンに心配され、私は慌てて首を振る。


 やがて時間も過ぎ、陽も暮れ始めたのでお屋敷に戻った。


 夕食は料理長が腕によりをかけた豪華なものを作ってくれて、ふたりで談笑しながら楽しく食べた。


 ディナーを高いお店にしなかったのも、たぶん私を気遣ってのことだろう。


 早くテーブルマナー覚えないとなぁ。


 けど、とにかく今日は楽しかった。


「ありがとうシェン。私のために時間を作ってくれて。とても楽しかったわ」


 シェンの部屋の前の廊下で、私は彼にお礼を言った。


「……」

「……」


 名残惜しくて彼の部屋までついてきてしまったけど、それもお終いよね。


「それじゃあ、おやすみなさい」


 私はそう言って彼に背を向ける。


 と、後ろから私の手を掴まえられた。


「え?」


 振り返ると、シェンが私をジッと見ていた。


 彼はしばし悩む素振りをみせたあと、言葉を選ぶように口を開き、


「もう少し話していかないか」


 と言った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る