第17話 美術館とボルギア伯爵




 それからもシェンに連れられ、王都のいろんな場所を巡った。


 別の服も見に行ったし、アクセサリーのお店も覗いた。


 お昼にはふたりでランチを食べた。

 まだ勉強中の私のために、マナーにうるさくないお店を選んでくれたみたい。


 お腹が満足したところで、次はどこへ行こうという話になり、


「少し王都を歩いてみたい」


 と言った。


 王都に来て1ヶ月近く経ったけれど、お屋敷の外には殆ど出ていない。


 理由は単純で、怖かったから。

 でもシェンがいるこの機会になら、外を出歩いても大丈夫かなと思った。


「分かった。そうしようか」


 シェンは頷き、御者の人に馬車を先に行かせるよう指示を出しに行った。


 それから彼はこちらに戻ってきて。


「手を」

「えっ……!」


 自然に手を差し出されたけど、外では少し恥ずかしい。


 躊躇していると、シェンは手を下ろして。


「なら通りに人が増えたら裾を掴むように」

「分かりました」


 そうして私は彼と一緒に王都を散策する。


「相変わらず凄い人ですね」

「そうだな」

「王都に最初来た時はお祭りでもあるのかと思いました。でも、いつもこうなんですね」

「私もフリード家に引き取られた当初は驚いた。だが今では見慣れてしまったな」

「じゃあ、私もいずれ慣れますね」


 他愛ない雑談をしながら彼の隣を歩く時間は、思いのほか胸が弾んだ。


 思えば今日まで、シェンとこうしてゆっくり過ごす機会がなかった気がする。


「……」


 そっか……。

 私、自分で思っていた以上に今日のことを楽しみにしていたのね。


 私たちは会話を楽しみつつ、それから美術館を回った。


「まあ! 綺麗な絵ね」


 芸術というものに触れたことはなかったけれど、美術館は楽しかった。


「……」

「どうしたの?」

「いや……」

「?」


 でも時々、シェンが何か言いたそうにしていた気がした。


 何だろう?

 言ってくれたらいいのに。


「シェン」


 いや、私から訊こう。

 そう思って声をかけた時。


「おやぁ! シェン・フリード殿ではございませんか」


 と、誰か男の人の声が横から割り込んできた。


 驚いて私たちがそちらを見ると、笑顔を浮かべた男女が近づいてきていた。


 年齢差的にどうやら親子らしい。


 男の人は金糸の刺繍が入ったコートを着ていて、立派な金細工が施された杖を持っていた。


 ただ杖は突いてないので、たぶんお洒落用だと思う。


 その娘と思しき少女は長い金髪の綺麗な子だった。


 彼女が私を見てニコリと微笑んだので、慌てて頭を下げる。


「……ボルギア伯爵」

「いやぁこんな場所で奇遇ですなぁ! ちょうどご挨拶差し上げたいと思っていたのですよ」


 そう言って伯爵は娘の方に視線をやった。


 すると彼女はスカートの端を摘まみ、シェンに向かって丁寧にお辞儀をする。


「お初にお目に掛かりますシェン様。私、ベル・ボルギアと申しますわ」


 自己紹介をしたベル嬢は、改めてシェンに微笑みを向けた。








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