第14話 手料理とため息


 ある日、ふと気づいた。


 最近シェンと話せてない。


 時々顔は見る。

 会えば挨拶もする。


 でも落ち着いてゆっくり話したのは何日前だったんだろう?


「シェン様は今お忙しいですから」


 ソニアに相談すると、そんな返事が返ってきた。


「今って忙しい時期なんですか?」


 私は尋ね返す。


「ええ。先の戦の報告書が膨大ですし、叙勲に伴う関係書類の提出、団員の補充、遺族への見舞い等々ありますので」


 さらに騎士団の通常業務もそこに乗っかるらしい。


「ひえ~」


 話を聞くだけでも大変そうだ。


 それじゃとても私と話す時間なんてないよねぇ……。


「ですが、シェン様はそれでもなるべく家に帰るようにしているそうですよ」

「そうなんですか?」

「はい。それに日中のエリィ様の様子もよく尋ねられますよ」


 そうなんだ。

 忙しくても気にかけてくれてるのは凄く嬉しい。


 でも……。

 それだけだとやっぱり寂しいな。


 私も勉強やレッスンが大変で、なかなか時間が取れないし。


 こう直接でなくてもいいから、彼のために何かしたいな……。


「……そうだ!」

「どうしましたエリィ様?」

「あの、ひとつお願いがあるんですけど」


 そうして私はソニアにある頼み事をした。


▽ ▽ ▽ ▽


「ふぅ……」


 家へ帰る馬車の中、ついため息が漏れる。


 最近はあまりに仕事が多すぎる。

 戦争の事後処理の報告書も、書いては送り返され訂正して送り直しと、煩雑な手続きばかりで頭がおかしくなりそうになる。


 特に傷痍兵士や遺族への見舞金に対する決済がなかなか降りない。


 区分がどうのケガの程度がどうのと、文句ばかりつけられる。


 国庫の支出を増やしたくないという感情が滲み出ていて……正直うんざりだ。


 国のために戦った者にくらい、手厚く報いたらどうなんだ?


 とはいえ父や息子を失った遺族に報いるには、辛抱強く粘るしかない。


 それが団長の務めではあるが……しかし、なかなかエリィのいる家に帰れないのは辛い。


 せっかく結婚の許しを得て彼女を迎えられたのに、なかなか顔を見ることもできない。


 婚約発表をする前に同じ部屋で寝るわけにもいかないし……。


「ふぅ……」


 馬車に揺られて悶々としている内に家に着いていた。


「お帰りなさいませ」


 ソニアに出迎えられ、上着を彼女に預ける。


「ご夕食はお済みですか?」

「いや、そういえば忘れていたな」


 私がそう答えると、ソニアはなぜか微笑を浮かべる。


「でしたらちょうどよかったですわ」

「ちょうどよかった?」

「こちらへどうぞ」

「?」


 言葉の意図がよく分からぬまま、私はソニアに食堂へ案内される。


「少々お待ちくださいませ」

「ああ」


 何か軽食でも持ってきてくれるのだろうか?


 そのまま待っていると、ソニアが配膳台を運んで戻ってくる。


「シチューか」


 配膳されたシチューからは湯気が立ち、今さっき温め直したなのが分かる。


「……?」


 この家に来てからもシチューは何度も食べた。


 だがどこか今日のシチューは懐かしさを覚えた。


「料理長が新しい香辛料でも試したのか?」


 気になって尋ねてみると、ソニアは首を横に振る。


「いいえ、こちらのシチューを作ったのはエリィ様でございます」

「……!」


 懐かしさの正体を悟り、もう一度目の前にシチューに目を向ける。


「帰りの遅いシェン様に何かしたいと、エリィ様がキッチンを借りて作ったんですよ」

「……そうか」


 私はスプーンを手に取り、シチューをひと口すくう。


 口に含むと、やさしい味と、昔の記憶が蘇った。


 孤児院では肉入りのシチューは、お祝いの日にしか食べられない贅沢品だった。


 彼女はその日になると何時間も丹精込めて、皆のシチューをこしらえてくれたのだ。


「旨いな」


 10年ぶりに食べた彼女の手料理を、私は時間をかけてゆっくりと味わった。


「ご馳走様」


 最後のひと口を名残惜しみながら飲みくだし、私はため息を吐く。


 それは職場や馬車で吐くものと違い、満足からくるため息だった。


 彼女のシチューを食べたお陰か、不思議と疲れも取れた気がする。


 何か彼女にお礼をしなければ……。


 私は頭の中で残りの仕事量と、捻出できる時間を計算する。


「ソニア。明日エリィが起きたら、こう伝えておいてくれ」


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