第13話 抗議と宣言




「シェン・フリード、参りました」


 私は扉をノックしながら室内に向けて言う。


 ここは騎士団本部の総団長室。

 つまり父マルスが執務を取る部屋だ。


 以前は同じ騎士団とはいえ、階級差からなかなか会えなかったが……。


 魔法騎士団の団長になって以来、報告のためにここへ来る機会も増えた。


「シェンか。入りなさい」

「失礼します」


 ドアを開けて中に入ると、父のほかに先客がいた。


 その従者の顔には見覚えがある。

 確かボルギア家の者だ。


「私はこれで失礼します」


 従者はこちらを避けるように、そそくさと退室していった。


 ドアが閉まるのを見届けて、私は執務机の父を振り返る。


「父上、今のはボルギア家の者では?」

「うむ。向こうの当主がこんなものを寄越してきた」


 そう言って父は私に一枚の紙を見せる。

 それは私とエリィとの結婚に対する抗議文だった。


 丁寧な文体の裏に潜む悪態に媚びへつらい……そして彼女への侮辱。


「……」


 はらわらが煮えくり返りそうだ。

 今すぐあの従者を殴りに行きたくなるが、彼自身に罪はないので自重する。


「なぜボルギア家がこんなものを?」


 ボルギア家は元々王国一の商家だ。

 親子二代で財を成し、商いによる国への貢献が認められて爵位を与えられた。


 新興貴族とはいえ財力は国内でも三本の指に入り、逆らえない者も多いと聞く。


 とはいえ、フリード家とは今まで大した親交もなかったはず。


 それがなぜ私とエリィの結婚に抗議するのか?


「それは当然、ボルギア家が自分の娘とお前を結婚させたいからだろう」

「は?」


 そんなのは寝耳に水だ。


 しかし、私の反応を見て父は訝しむように目を細める。


「以前ボルギア家から見合い用の肖像画が送られてきただろう」

「……あ」

「まさか忘れたのか?」


 忘れていた。

 というか見覚えすらない。


 仮に見ていたとしてもどの道興味も湧かず、おそらく記憶に残らなかっただろう。


 父は呆れ顔でため息を吐く。


「その顔からすると、よほどエリィ殿のことしか頭になかったと見えるな」

「……」

「まあいい。それよりこの調子では、他家からも横槍が入るやもしれんな」

「なぜです?」

「見合いの話を持ってきたのはボルギア家だけではない」

「……なるほど」


 父の言葉で状況を理解する。


 だがいくら眼中にないとはいえ、そんなに沢山の見合い話があれば、私だって微かになら覚えていてもいいはずだ。


 おそらく父のところで大半の話を止めるか突き返すかしてくれているのだろう。


 それでも全てを完全に無視できるというわけでもない。


 先程のボルギア家もそのひとつ……。


 ただの抗議文を送りつけてくるだけならまだいい。


 だが狡猾な敵であればこちらの弱点――即ち、後ろ盾のないエリィを狙うだろう。


 万が一そんなことをすれば、決してただでは済まさないが……。


「たとえ他家が何を仕掛けてきたとしても、エリィのことは私が必ず守り抜きます」

「うむ」


 私の宣言に、父は満足そうに頷いた。


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