第12話 お勉強とソニア




 マルス様に結婚のお許しをいただいてから早2週間。


 新しい生活にも徐々に慣れてきた今日この頃。


 私はお勉強をしていた。


 これがもう大変で大変で。


 最低限の読み書きと計算は母に教わったけど、それ以外は全然。


 この国の歴史も大雑把にしか知らない。


 社会情勢とかの情報も、田舎の村には1年遅れとかでやっと噂が流れてくるくらいだ。


 当然、貴族のマナーとか嗜みなんて何も分からないわけで。


 今はその諸々を含めた常識や文化を学んでいるところだ。


 なぜそんな苦労してまで勉強をしているのかというと……。


「貴族の結婚というのはいきなりパッとできるものではありません」


 教育係のソニアは勉強用の黒板に簡単な「結婚までの流れ」の図を書いてくれる。


「まず両家の公認。周囲への婚約発表。正式な婚約。そして結婚式を経て、ようやく婚姻が成立します」


 ソニアはその中で「婚約発表」の部分を丸で囲む。


「公認はすでに得ていますので、次のステップはここです」

「でも、発表って……ご近所さんに結婚しますって報告に行くんですか?」


 私は首を傾げる。


「いえ、発表は有力な貴族や関係者を集めたパーティーなどの場で行います」

「えぇ!? そこまでするんですか?」

「仰りたいことは分かりますが、必要な手順とご承知置きください」


 というわけで、パーティーで立派な花嫁としてお披露目できるように、只今私は猛勉強中なのだ。


 今は午後のマナー講座の時間。


「ああっ!」

「エリィ様、本を落としてはいけません」

「はい!」


 指導役のソニアに注意され、私は慌てて床に落ちた本を拾う。


 そして、その本を頭に載せる。


「それではもう一度最初から」

「はい!」


 これは綺麗な姿勢で歩く練習。


 まっすぐまっすぐ……ゆっくりまっすぐ……でも遅すぎてはダメ。


 あ、ちょっと右にズレ……ああ!


 姿勢がブレたかもと思ったら、また本を落としてしまった。


 ソニアは残念そうに首を横に振る。


「体が右に傾く癖がなかなか抜けませんね」

「すみません」


 私は右利きだ。孤児院の力仕事などをする時は当然右手に力が入る。


 体の重心が右に寄っているのはそのせいらしい。


「謝る必要はありません。それを治す訓練ですから。ゆっくり覚えましょう」

「はい」


 ソニアは嫌な顔ひとつせず、毎日私につき合ってくれていた。


 右も左も分からない私にも親身に根気強く面倒を見てくれて、本当に助かってる。


 けど何でこんなに親切なんだろう……休憩時間に、私は彼女に尋ねてみた。


 すると。


「エリィ様のことは昔からシェン様からお話を伺ってましたから」

「シェンが?」

「はい。ですからエリィ様のことは大変よくご存じなのですよ」


 そう言うと彼女は珍しくイタズラっぽい笑みを見せ。


「ちなみにですが、彼がこの家に来た当初は年若いメイドたちが色めき立ったんですよ」

「え?」

「あんなに綺麗な子ですもの。それに恋仲になれれば玉の輿だと、それはそれは大変な騒ぎでした」


 確かに言われてみればその光景がありありと目に浮かぶ。


 ですが、とソニアは肩を竦めて首を振る。


「見事に彼女らは玉砕しました。誰がどれだけやさしくしても、猛アプローチを仕掛けても、シェン様には意中の相手がいたからです」

「……!」


 それが誰のことか分かって、私は顔を真っ赤にする。


 そんな私を見て、ソニアはまた小さく笑った。


「さあ、続きをがんばりましょう。来月の婚約発表を無事に終えられるように」

「はい!」


 思わず返事にも気合いが入り、私は再び頭に本を載せた。




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