第11話 マルスと昔話




「儂の妻は若い頃に亡くなってな。笑顔のやさしいアジサイのような女性だった」


 マルス様は微笑みを絶やさずに思い出を語られる。


「儂らの間には子ができなかった。周りからは再婚を望まれたが、そういうつもりにはなれなくてな」


 それって……亡くなった奥さんを愛していたからなのかな?


 マルス様は続ける。


「儂が死んだあとの爵位は国へ返還するかと思っておったが、家中の者がそれは待ってくれと奔走しての」


 家中って、ソニアたちのことかな?


「そうして皆が探し出したのがシェンというわけじゃな」


 私は横のシェンをちらりと見やる。


「……」


 彼は特に反応はせずに、黙って父の話を聞いていた。


「シェンはまず驚くほどの才能に溢れていた。儂の修行にも勉強にもよく耐えて、貴族の嗜みも数年の内に身につけた」


 シェン君……がんばったんだ。


 私の知らない彼の成長話を聞けて嬉しい。


「シェンは立派な騎士に育ち、先の戦では武功を挙げて望外の栄誉をフリード家にもたらしてくれた」

「父上。私は騎士の勤めを果たしただけです」

「ふふっ、まあそうじゃのう」


 照れ隠しのように口を挟む彼に対し、マルス様は笑顔をこぼす。


「要するに、本来フリード家は儂の代で終わるはずだったというわけだ」


 マルス様は再び私に視線を向ける。


「エリィ殿は、ご自分が息子に釣り合わないのではと思っているのではないかな?」

「……!」


 心中を言い当てられ、私はまた硬直して背筋をピンと伸ばしてしまう。


 やっぱりマルス様もそう思ってるのだろうか?


 しかし、私の不安とは裏腹に、彼は笑顔を崩さない。


「フリード家は失われるはずだった家名なのだ。それがシェンのお陰でこれからも続いていく。儂にとってはそれで十分」


 マルス様はやさしく目を細める。


「そして、そのシェンの心を癒やし、儂と引き合わせてくれたのが貴女じゃ」

「え!?」

「言ってしまえば、フリード家にとっても恩人ということになるのう」

「そっ!?」


 急にそんなことを言われ、驚きで腰が浮く。


「私はそんな大したことしていません! ただ少しお母さんを手伝っただけで……」

「ならばその少しが儂と家と息子を救ったということじゃ」

「で、ですから……!」


 いくら何でもそんなの過剰評価すぎる。


「元より儂はシェンが誰と結婚しようと口を挟むつもりはなかった。その上で選んだ相手が貴女であるなら文句などあるはずもない」


 そう言ってマルス様は今度は真剣な眼差しになってシェンを見る。


「とはいえ、醜悪極まる貴族の巣にエリィ殿を迎え入れる以上、お主が彼女を守り通さねばならん」

「当然です」


 父の言葉に、シェンも真剣に頷く。


 マルス様はそれを見て、再びやさしい父親の顔に戻る。


「よろしい。であれば、ふたりの結婚を認める」

「ありがとうございます父上」

「あっありがとうございますマルス様!」


 私は慌ててシェンに倣って頭を下げる。


 こうして私たちの結婚はマルス様に認められたのだった。



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