第10話 父と英雄
シェンに手を引かれ向かった先の部屋で、彼の父は私たちを待っていた。
「エリィ殿、よく参られた」
「は、はじめまして!」
「そう硬くならず。さあ座って」
「は、はい!」
この方がマルス・フリード侯爵……!
シェンを騎士に育て上げた方。
マルス様はご本人も騎士であり、王国騎士団の総団長を務められているらしい。
すでに還暦間近らしい。
しかし、背中で縛った白髪は若々しさを感じ、顔つきも精悍そのもの。
肉体は鍛え上げられ、老いをまったく感じさせない。
目の下の一文字傷も相まって、歴戦の戦士の風格を思わせる。
ただその目は穏やかで、不思議と怖い人とは感じなかった。
マルス様はその目元を緩ませ、私に笑いかける。
「それにしても懐かしい」
「え?」
「昔シェンを引き取りに行った時にお会いしたでしょう?」
「えっ!? あ、すみ……いえ、申し訳ありません! 覚えていなくて……」
「いやいや、もう10年も前の話だ。覚えていないのも無理はない」
マルス様は気遣うように笑ってくれる。
「あの頃から息子は貴女に懐いてましたな」
「そ、そうですね」
「……」
私が相槌を打つ横で、シェンは気恥ずかしそうにそっぽを向く。
「息子が戦から帰ってすぐ結婚したいと言い出した時は驚いたが、相手が貴女と聞いて儂も納得したものです」
戦?
そういえば去年戦時臨時税っていうのを払わされた覚えがある……って!
「シェン君も戦争に出たの?」
「ああ」
「ケガとかしなかった?」
「大丈夫だ」
「本当に?」
「……ああ」
「ハハハハ」
ついつい心配してしまう私とシェンのやり取りを見て、マルス様が笑い声を上げる。
「いや失礼。久しぶりに息子のかわいげのある顔が見れたもので」
「父上……からかわないでください」
シェンはぶっきらぼうに言い、マルス様はそんな彼の顔をにやにやと見つめる。
「……」
孤児院から引き取られた子供が必ずしも幸せになれるとは限らない。
時には引き取られた先で悲惨な目に遭い、孤児院に戻ってくる子もいた。
でも、少なくともマルス様とシェンは幸福な親子関係を築いているようだ。
私の知らない10年間、彼が幸せだったことに心の中でほっとする。
と、そこで再びマルス様と目が合った。
「安心するといいエリィ殿。息子は貴女が思う以上に立派に成長している。今や国の英雄だ」
「英雄?」
私が首を傾げると、マルス様はシェンに視線を移す。
「話してないのかシェン」
「……いちいち言う必要はないので」
「なんだそれは。自画自賛っぽくなるのが恥ずかしかっただけだろう」
一体何のことだろう?
「シェンは今や魔法騎士団の団長だ。先の戦では敵大将を討つ大功を挙げ、王から叙勲も受けている」
「……!」
細かいことはよく分からないけど、それってたぶん物凄いことだよね。
「あ、あの!」
「何かな?」
「マルス様は私たちの結婚って……どう思っていらっしゃいますか?」
魔法騎士団の団長って、たぶん凄い役職だ。
さらに王様に認められた国の英雄。
しかもシェンはまだ20代前半。
それってきっとまだまだ出世するってことだよね?
おまけに本人は超美形で、家は侯爵。
そんな彼と結婚したい人は、それこそ貴族のお嬢様の中にだって多いはずだ。
なのに、結婚相手が平民の私?
そんなの誰が聞いたって「もったいない」と思うんじゃないの?
マルス様からすれば跡取り息子なんだし、それこそなおさら……。
「エリィ……!」
隣でシェンが何か言いかけたけど、マルス様がそれを手で制した。
「エリィ殿。少し長くなるが、老人の昔話を聞いてもらえるかな?」
そう言って微笑むマルス様に、私はこくりと小さく頷いた。
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