第5話 王都と母
数日後。
王都ブリジン。
整備された区画に立ち並ぶ商店。
綺麗な家屋。
舗装された道路。
活気溢れる市場。
広場に設けられた噴水。
綺麗に植樹された公園。
「凄い……」
さすが王都。
こんなに沢山の人なんて見たことない。
今朝から私の乗る馬車とすれ違った人の数だけで、村の人口より多い気がする。
「何か珍しいものでもあったのか?」
「!」
その声でふと正気に戻る。
振り返るとシェンが私の顔を見ていた。
「あ、いえ、王都ははじめてだから」
「……そうか」
「……」
や、やってしまった~。
私ったら子供みたいにはしゃいで……恥ずかしい!
しばらくおとなしくしてよう。
「……」
「……」
車内が静かだ。
シェンは昔から物静かな子だったけど。
大人になってもっと無口になった。
それに加えてこの美貌。
正直、相手があのシェン君だと知ってても、ふたりきりだと緊張する。
ああ、お母さん。
こんなことで私は彼と本当に結婚できるのでしょうか?
▽ ▽ ▽ ▽
数日前。
シェンに求婚された当日の夜、私は母に話があると呼び出された。
話の内容は、私が彼の求婚の返事を『保留』したことについてだった。
「何を迷う必要があるんだい? お受けすればいいじゃないか」
「でもお母さん……」
私が躊躇すると、母は訝しむ顔になる。
「こんなこと滅多にあるもんじゃないよ。それとも誰かほかに想い人でもいるのかい?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
「なら孤児院の心配してるのかい?」
図星を言い当てられ、私は小さく頷く。
「そんなの……私がどうとでもするさ。ケミィも手伝ってくれてるし、大丈夫だよ」
「でも」
母はためらう私の両手を握った。
そして、長年の水仕事や針仕事でボロボロの指や手の甲をやさしく撫でてくれる。
「毎日手伝いばっかさせて、あんたの大事な青春を奪っちまったのは私だよ。だからね、こんな時まで足を引っ張りたくないのさ」
「……」
「こんなに手が疲れるまでよくがんばったんだ。あんたが幸せになることを咎める奴なんてどこにもいないよ」
「……」
母がこんなに強く押しきるような言葉を使うのを生まれてはじめて見た。
きっと突然の幸せを前に怖じ気づく私の心を正確に見抜いていたんだと思う。
「……うん」
背中を押す母の言葉に、私は小さく頷いた。
▽ ▽ ▽ ▽
そうして私はシェンの求婚を受け入れ、彼とともに村を離れた。
別れ際、子供たちの殆どが泣いていた。
生意気なジャンとテッタでさえも。
唯一涙を流さなかったのはケミィだけ。
彼女は気丈に振る舞って、泣く子を慰めながら私を見送ってくれた。
でも、もしかしたら別れたあとでこっそりひとりで泣いていたかもしれない。
母は大丈夫と言ってくれたけど……。
やっぱり今でも心配だ。
それに子供たちを置いてきておいて、この先の生活にも不安が多い。
こんな田舎娘が都会でやっていけるのか?
とか。
それどころか貴族の生活に馴染めるのか?
とか。
そもそも結婚生活は上手くいくのか?
とか。
とかとかとか。
不安を上げればキリがない。
「着いたぞ」
「!」
シェンが久方ぶりに口を開く。
馬車がフリード家の屋敷に着いたのだ。
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