第4話 シェンとエリィ




「シェンって……まさかシェン君!?」

「……君はやめてくれ」


 銀髪の貴族――シェンは不服そうに呟く。


「……!」


 その表情を見て、私はようやく過去の記憶を思い出していた。


▽ ▽ ▽ ▽


 それは今から10年前。

 私がまだ孤児院の手伝いを始めたばかりの頃の話。


 彼は戦争で両親を失い、ここへ引き取られてきた。


 最初は心を深く閉ざしていて、誰とも話そうとしない男の子だった。


 その時期は特別母が忙しくて、代わりに私が彼の面倒を見ていたのだ。


 当時は私も子供みたいなものだったけど、彼の心を癒やせるように精一杯がんばった。


 そのお陰か1年経った頃には彼も少しずつ笑顔を見せてくれるようになっていた。


 ただ私のあとばかりついてくるようになって、少々甘やかしすぎたかもとも思ったけど。


 それからさらに数年後、彼に魔法の才能があることが発覚した。


 魔法は本当に希少な才能で、とても特別なものだ。


 案の定それからすぐに彼の養子縁組が決まった。


 貴族のフリード家へ引き取られる日、彼はわんわん泣いて、最後まで私のエプロンの裾を離さなかったっけ……。


▽ ▽ ▽ ▽


 あの日別れた男の子が目の前の美青年!?


 とても信じられないような話だ。


 だけど言われてみれば、目元とかに幼い頃の面影がある気がする。


「本当にシェン……なのよね?」

「ああ」

「元気だった?」


 あの頃の親心を思い出して、ついそんなことを訊いてしまう。


「体は健康だ。それよりも返事をもらいたいんだが」

「返事って……ああ!?」


 そういえば彼に結婚を申し込まれてるんだった!


「それは……」

「さっき嫌ではないと言っていたな?」

「い、言ったけど」

「では了承してくれるのか?」

「待って待って!」


 グイグイと詰めてくるシェンに圧倒される私。


「話が急すぎるわ」

「むぅ……」

「そもそも何で私なの?」


 表に停めてある立派な馬車。

 制服の胸や襟に飾られた勲章。


 今やシェンは本物の貴公子だ。

 おまけにこの容姿ならさぞモテそう。


「もっとあなたに相応しい相手がいるんじゃない?」

「……」

「こんな年上の女をわざわざ選ぶ理由なんて……」

「理由は……」


 その時、無意識にシーツを握り締めていた私の手に、そっと彼の手が重ねられた。


「10年前から貴女が好きだったからだ」

「……!」


 それはまるで言葉の破城槌のようだった。


 今までの私は恋愛とは何の関係もない人生を歩んでいた。


 忙しいから、暇がないからと、誰とも付き合うことなく過ごし、いつの間にかこんな歳になっていた。


 もう今更結婚なんてできるはずもない。

 誰かに愛されるわけもない。


 そう思っていた。


 そんな風に変に拗くれた私の心を、その壁を、彼は一撃で粉砕してしまった。


「あ、あぅ……ぇ!?」


 頭が沸騰しそう。

 自分でも分かるくらい顔が熱い。


 あまりにドキドキしすぎて、まともに返事をすることもできなかった。


 思えばこの瞬間にはもう、とっくに私の心は陥落していたのかもしれない。




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