第14話 事件後
「今最も注目を集めている方に来ていただきました!」
張り切ったアナウンサーの声。その前には数台のカメラが並んでいる。
「特別ゲストの庵屋哲さんです!どうぞー!」
その瞬間、カメラが僕に向く。少しずつこのような日常にも慣れ始めている。僕は堂々とした様子を演じながら、アナウンサーの隣へ移動した。
「今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします。」
スキンヘッドから少し髪は伸びたが、まだまだ短く恥ずかしい。帽子を押さえながら軽く礼をした。
「今、まさに一世を風靡している庵屋さんですが、あの事件後生活はいかがですか?」
何度も聞いた質問。全く同じ答えはいけないと指導を受け、言葉を変えて返答している。
「そうですね。事件が起こる前もその最中もまさかこんな生活になると思っていなかったので…。まるで夢の中に居るみたいです。」
「そうなんですね。でも、改めて考えてもすごい事件でしたよね。師匠がお亡くなりになり、そして師匠が犯していた罪を着せられ警察に追われる事態になって。そして、その事件を企てたのが相方の方だったなんて。まるでドラマのような設定ですね?」
当たり前のように言うが、実際に肌で体験したら軽々しく言えなくなるだろう。内心、腹が立った。
「ええ。何かの主人公になった気分でした。でも、やっぱり信頼していた師匠と相方に裏切られたので…事件後は複雑な心境でした。」
アナウンサーから笑顔が消えた。場にふさわしくない発言だった。
「でも、人生は一度きりです。特に、僕たち芸人はいつ売れて、いつ飽きられるか分かりませんので…今こうやってお仕事をいただけていることは、今回の事件のおかげかなと思います。」
アナウンサーの顔色が戻った。場の空気を戻せたようで、胸を撫で下ろす。
「そうですね。今回の件で注目を浴びた庵屋さんには、これからもどんどん活躍していただきたいです!」
カメラ脇のスタッフがスケッチブックのページをめくった。そこには、太字で「宣伝」と書かれてある。
「そして!何と!今回の事件が、リメイクされて書籍化されることが決定しました!」
スタッフたちが一斉に拍手をする。
「本になるって、本当にすごいことですよね!」
「ありがとうございます。本業は芸人なので、そちらの方を一番頑張りたいのですが…。でも、本を読んでもらって少しでも多くの方に僕のことを知ってもらえるなら嬉しいです。まあ、正直に言いますと、自分について作品ができることなんて奇跡的なことなので、連絡を受けた時はフツーに喜びました。」
先程の失敗を受けて、真意よりも場にあった発言を選んだ。アナウンサーは笑顔のままだ。どうやら正解のコメントのようだ。
事件後、僕は田橋と一度も会っていない。面会を希望したが、彼が拒否した。
田橋は確実に僕を殺そうとしていた。しかし、最後の最後、田橋の迷いのある行動から彼の心の中を垣間見た気がした。心底から誰かを殺せるような人ではない。父親と楽しい時間を過ごしたったという温かい心の持ち主だ。いつか、また会えることを信じている。
ただし、やはり後悔が頭から離れない。
もっと素直に、正直に生きれば結果は違ったのではないだろうか。
僕は田橋に何か手を差し伸べることができたのではないだろうか。
世の中が、僕を囃し立てる中、僕の心は逆走していた。世間の話題が加熱するに従って、心はどんどん冷えていった。
しかし、全て計画を実行してしまったせいだ。今更後悔しても遅い。
今目の前にある、手に入れた環境を惜しむことなく楽しまないといけない。
そうでないと損だろ?
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