第13話 決着

再度激痛が走る。再度と認識できるまでには、時間がかかった。激痛で気絶し、激痛で起きたのだ。手足が動かない。縛られている。後ろから足音。必死にそちらに体を動かした。

「…やはりお前だったのか?」

目の前に現れたのは田橋。

「…気づいていたか。」

口元に不気味な笑みが浮かんだ。

「全て計画通りだ。」

師匠の決め台詞。それを悪用するなんて…許せない。

「どうしてこんなことをした!」

僕は田橋の動機が知りたかった。

「聞いても意味がない。お前は今から死ぬんだ。」

死ぬ?僕は田橋にそこまで憎まれるようなことをしたのか?

「本当は俺の手で殺したい。が、俺は無罪でいる必要がある。…母のために。」

田橋の母は入院中だ。母親を助けるための行動ということなのか?全く事件の成り行きが掴めない。ただ明白なのは、僕は今から殺されるということだ。

「僕は死ぬのか?」

「ああ。それ以外あり得ない。」

田橋の眼差しから冗談ではないことは明らかだ。

「僕を殺したところで、警察は田橋に辿り着くはずだ。捕まってもいいのか?」

田橋の表情が変わった。正確には、顔から表情が消えた。喜怒哀楽どれにも当てはまらないような奇妙な光景だった。

「…ヒァヒァヒァ。」

僕はもうどうすることもできなかった。目の前にいるのは本当に僕の知る田橋なのか?

「お前に言われなくても警察のことは当然考えている。お前が逃げていた時間、俺が何をしていたのか。それは俺の跡を消すための準備だ。そして、今からお前を殺すが、自殺に偽造する。」

僕が必死に逃げていた時間は、田橋にとって警察から逃げる準備をする時間。

「お前は師匠と疑われ、精神的に追い詰められた。耐えられなくなったお前は自殺という手段を取った。ありそうな流れだろう?」

もう田橋の顔を見ることができなかった。それほど恐ろしかった。

「…全て計画通りだってことか?」

「ああ。お前は計画の範囲内で全てやってくれた。助かったよ。」

絶体絶命。しかし不思議なことに、僕は殺されるよりも、田橋の計画の目的に対して興味を持っていた。

「…どうしてこんなことをした?」

田橋の表情は変わらない。温かくも冷たくもない眼差しで僕を見つめる。

「…まあいいだろう。」

田橋は椅子に腰掛けた。

「全ては師匠、いや檜垣星への復讐と、お前への恨みだ。」

師匠への復讐?僕への恨み?

「師匠と僕が、田橋に何をした?」

「師匠なんて呼ぶ度に吐き気がした。師匠なんて器じゃない。今回の買春事件からも分かるだろ。そういった世の中のクズを排除したい思いもあるが、本当の目的は違う。」

田橋の口調は徐々に荒々しくなっている。

「家族を捨てたからだ!」

家族を捨てた?

「俺は檜垣の子どもだ。」

「…田橋が、師匠の子ども?」

田橋は続ける。

「お前も知ってるが、俺は小さい頃から母親一人に育てられてきた。父親のことを尋ねたが、いつもはぐらかされたいた。でも、病気になって…ここ数年ずっと病院で過ごした。日に日にやつれていく母親を見て、なぜ父親は助けてくれないのかと怒りを覚えた。」

田橋の長年の思いが言葉に乗せられているのが分かる。

「数ヶ月前だ。母親が急に父親について語り出した。もう長くないだろうから本当のことを話さないとなって。そしたらよ、出てきた名前が「檜垣星」だったんだよ。」

田橋からの真実に、声が出なかった。次になんと言えばいいのか。僕は死に物狂いで言葉を探す。

「田橋、気持ちは分かった。師匠に対して怒る気持ちも理解できる。でも、だからって…。」

僕は…ここで死ぬわけにはいかない。

「母親の病気のことなど全く知らず、呑気にお笑いをしていること。母親はずっと病室に閉じ込められ、苦しい日々を送っているんだ。別れているとはいえ、一度誓い合った関係だ。放っておくなんて許せない!しかも、買春もするような真の犯罪者だ。」

田橋の口から出る言葉は、言葉と表現するよりも憎悪そのものだった。でも、まだ納得できない。

「じゃあ、師匠への復讐だけでいいだろ?どうして僕を?」

なぜ、僕を巻き込んだのか。その真実が明らかになれば、この状況を打開する何かが見つかるかもしれない。

「弟子入りを提案したからか?」

師弟関係を築こうと提案したのは僕だ。僕の提案がなければ、憎い相手と出会うこともなかったはずだ。

「それは違うな。むしろありがたかったよ。こうやって積年の憎しみをぶつけられたんだから。」

吐き捨てるように言いながら、師匠の遺骨が入った箱を叩いた。ますます分からない。僕の何が田橋の琴線に触れたのか。田橋の言葉を待つしかできなかった。

「檜垣に弟子入りをして、檜垣は俺たちを温かく迎えてくれた。始めは楽しかったよ。でも、思い返してみろ。檜垣は俺と庵屋どちらを選んでいた?」

僕の中で、また光るものがあった。

「…嫉妬か。」

田橋が不適な笑みを浮かべる。

「嫉妬…。そうなのかもな。檜垣は実の子の俺ではなく、お前を可愛がった。すぐ隣に我が子がいるのに、関心を示さなかった。弟子入りを認めた理由も覚えているか?顔がお前と似ているからって。おかしいだろ?血を受け継いでいるのは俺なんだぞ。ただただお前に腹が立った。だから全てをお前になすり付けると決めた!」

僕はずっと田橋に向けていた視線を床に落とした。師匠との今までを振り返る。確かに、師匠は田橋と比べれば僕に対して優しかったように感じられた。そのやりとりを田橋が憎しみの気持ちで見ていたなんて…。僕はずっと気付かなかった。いや、気づこうとしていなかった。

「…全ては計画通りだったってことか?」

改めてもう一度、田橋に聞いた。

「ああ。ずっとどうやって檜垣に復讐するか考えていた。だが、あいつが亡くなったと知り、復讐の術がなくなったと後悔した。…でも、俺の思いは消えなかった。まだ何かできるはずだと。本当は檜垣を自分の手で殺したかったが、それができなくなった。なら、社会的に追放してやろうってね。そして、全てをお前に罪を被せようってね。今回の計画、普段からネタを考えるだけあるだろ?」

得意げな顔。ネタを見せられる度に見た顔。その顔を見る度に、僕たちは売れると確信し、嬉しくなった。でも、今の状況では全く喜べない。

田橋は説明が終わった様子で椅子から立ち上がった。

覚悟した。僕はもうすぐ死ぬ。師匠と田橋、2人との出会いは最高だった。

しかし、2人の存在によって僕は殺される。

全ては計画だ。僕にできることは全てした。

あとは、時を待つだけだ。

「いよいよクライマックスだ。」

田橋は隠していたタンクを手に取り、中身を床にばら撒き始めた。ガソリンの匂いが充満する。田橋の手にはライター。

「じゃあな。お前とコンビ組めたこと…楽しかったよ。」

田橋の表情が変わった。そこには、いつもの田橋がいた。目には涙がはっきりと見えた。

「…師匠。…父さんって言いたかったよ。」

涙が頬を伝う。田橋の手は震えていた。

僕にはまだ希望がある。田橋とまだ分かり合える。そう思った。


「止まりなさい!」

その一言で全てが終わった。


気付いた時には、田橋は大勢の警察に取り押さえられていた。

僕を縛っていたものが解け、手足が自由になった。

背後で警察が優しく語りかけた。

「無事で良かった。君がNowで知らせてくれたからだ。」

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