第2話 葬式

「…師匠が亡くなったって。」

相方の田橋が電話を切り、言葉を発した。その言葉は確かに音として認識したはずだが、理解するには時間を要した。

「何言ってんだよ。そんなわけ…。」

焦っているとありきたりな言葉しか言えないんだな、と自分を客観的に見る。

急いで田橋とタクシーに乗り込んだ。嘘だ。そんなわけない。そう心で叫んで、病院の扉を開けた。医者らしき人物がこちらを向いた。

「ご家族の方ですか?」

「いえ…。仕事の部下です。」

師匠とこれまで家族の話題になったことはあったが、いつもはぐらかされていた。複雑な家庭環境なのだろうと予想していたため、医者の発言に納得ができた。自分たちが一番に駆けつけたのだろう。

寝台を見る。少しは微笑んでいるだろうか。舞台の上で輝かせていた笑顔とはまた違う。そして、いつも通りのスキンヘッドが輝いていた。笑いのためにここまですることに、死んだにも関わらず尊敬の念が溢れ出てきた。

「交通事故だったようです。病院についた時には心肺停止の状態でした。最善を尽くしたのですが…。」

僕は「そうなんですね」というような表情を医者に見せ、ベッド脇に立った。医者はこれ以上説明がないのかすぐ部屋を出ていった。

田橋も僕の横に並んだ。お互い涙は出ていなかった。現実を受け入れられないのだろうか。

「師匠のために、絶対売れてやろうな。」

田橋の言葉の端々には、震える闘志が感じられた。僕はそれに呼応するように、力強く頷いた。


その後の手続きや葬式の準備は、事務所が引き継いだ。事務所にとっても、師匠がいなくなることは大きな痛手となった。事務所でトップの売れっ子だったのだから、最後の葬式は盛大にしようと計画が立てられた。僕らも弟子として手伝いたかった。しかし、それよりも仕事に専念するべきだ、それが師匠への恩返しだ、と田橋と話し合い、営業に回った。

ただ、僕としては、師匠のために何かしたかった。その思いを田橋に伝えると、ぜひやろうと賛成を得た。僕たちはお笑い芸人。その魂がある限り、やはり笑いを追求せずにはいられない。再三話し合った結果、葬式の時に一発かますことにした。

この時には、どうなるかなど梅雨知らずに。


葬式の日がやって来た。師匠のため、そして僕らの名を世の中に轟かせるために。僕らの心を高鳴っていた。

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