紗良と沙名の夢遊行
勇者突撃型
紗良と沙名の夢遊行
「疲れたーーっ」
自室に入るや否や、疲労に身を任せ柔らかいカーペットに寝転ぶ。
「紗良、汚いよー?」
仰向けにだらける私に、顔を覗き込みながら沙名は小言を挟む。
「うるさいなぁ、ちょっとは休ませてよ」
「殆ど私がやってあげたんだから、お風呂くらいちゃんと入ってよ」
「じゃあ起こして」
片腕を上げ沙名の腕に重ね、お互いの納得しない顔を示し合わせる。そして先に折れるのが何時も沙名だ。
「起こしますよ、ちゃんと握っててくださいね」
「うん」
短い相槌に合わせる様に沙名が引き上げるが、私はその勢いと共に沙名の背後に抱き着く。
「紗良は何時もそればかり」
「んー?何の事?」
逃げようと体をくねらせる沙名とじゃれ合いながら、首筋の臭いを嗅ぐ。
香水と石鹸と汗が混じった臭いは、食べてしまいたい程私を昂らせた。
「もう!行きますよ!」
沙名は痺れを切らして私を振りほどき、そそくさと出て行った。可愛い奴だ。
さて、お風呂の準備だな。
そのお風呂には湯煙に包まれた先客が居た。父の風呂場は別に有るから、此処に居るのは十中八九沙名だけだ。
「沙名、来たよ」
「遅いですよ」
「怒って出ていく方が悪い」
少し声を低くして声と同じ低さの機嫌を主張する。対して沙名は「もう」と頬を少し膨らませてからお互いに苦笑した。
示し合わせた日常の通りに私達は体を洗い合う。そして入浴中の羽を伸ばせるこの環境は沈黙も癒しだ。
この静寂を離すのは何時もなら沙名なのだが今日の様な行事があれば決まって私の愚痴大会になる。犠牲者である参加者は沙名一人だ。
「なんで船一つ作るのに、大人共は楽しくなれるんだろうね」
「それが社交と分かっているでしょう」
「母親みたいな事言わないでよ」
「母親みたいな物ですからね」
「皮肉言うな!」
私の鋭利な食指が沙名の弾力有る脇腹を襲う。小さな悲鳴の後振り払おうと踠くが、風呂の中は私のテリトリー、腹も胸も堪能させてもらう!
「紗良ちゃんきらーい」
「沙名太った?」
「ホントに嫌い!」
魔の手から逃れた沙名だったが見事私の苦言とのダブルコンボにより撃沈してしまうのであった。
「不貞腐れないでよー」
「五月蠅い」
完全に不貞腐れて不機嫌な顔をしたまま肩まで浸かると、ぶくぶくと口から泡を吐いて威嚇してきた。
それに倣う様に私も肩までリラックスする。
こうしていると色々感傷的になってしまうのだ。
「あのさ」
「ん~?」
「セレモニーと懇親会、ありがとうね」
「ん~」
「押し付けてばっかりでごめんね」
沙名は立ち上がり、水を棚引かせながら一糸纏わぬ姿で近寄って、慈愛の聖母の様にその手で包みこんでくれた。
「今日はちょっとセンチメンタルだね」
「うん、ごめんね」
「大丈夫、私は紗良と居れるだけで幸せだよ」
「うん」
こうして沙名と抱き合っている時が一番心が安らぐ。息苦しさが無くなる様に体全体が温まって行く。
「安心した?」
「うん」
「満足した?」
「もうちょっと」
抱き合って数分、段々と冷静になって来た私に飛び込んできた景色は、沙名のうなじに耳に肩甲骨。これは別の意味で冷静ではいられなかった。
うなじいいなぁ、舐めたいでも汚いて怒られるな、どうしよう舐めようかな、いいや舐めよ。
首を傾けうなじへ、いざ鎌倉!
「ひゃ!」
うなじを一筋舐める。味分かんないけど美味しい、美味しいなぁ。
じたばた暴れる沙名を抱きかかえ耳にキス、肩に吸い付く。
「紗良ちゃん!」
怒ってる沙名も可愛いな、あそこ撫でたいな。
抱き抱えた腕の一本を脇腹から股へとなぞる。
「ひゃっ!」
小さな悲鳴を後にぷるぷると動かなくなってしまった。
「沙名?」
何時もはこの時に怒る。明らかに違う様子だった。その声に反応したかの様に私を突き飛ばす。
「紗良ちゃんそういうの止めた方が良いよ!」
あともうちょっとだったのに怒って出て行ってしまった。可愛い奴め。
ふやけた手足で後を追う。
使いが用意するパジャマは大体フリルやレース付きで着ずらい。Tシャツが良いのに。
ドライヤーで乾かした後もホカホカと湯気が立ち込める。
化粧水を着け、髪を纏める。身嗜みを終わらせ風呂場の扉を開けると侍女の一人が待っていた。
「お嬢様、主人様が一階の茶間にお呼びです」
「分かった」
お辞儀をする侍女に答えて、沙名を呼びに行く。
侍女に迎えられ席に着き父と対面する。
「分かっているとは思うが呼んだのは他でも無い、俺の会社を継いで欲しいんだ」
「はい光栄です、お父様」
慎重な声色でお互いに言葉を交わす。何時も沙名に見せる腑抜けた顔はしていない。
「今すぐでは無く2、3年後の話しではあるが一度心づもりを訊いておきたくてな」
「ありがとうございます、私もお父様の会社を継げる事を夢に思っていました、是非よろしくお願いします」
沙名が言い終わると、腑抜けた顔に戻り下卑た無駄に大きな笑いを上げる。
「いざとなったら会社盾にして逃げたら良いからな、ほら菓子食うか?」
「夜食は体に毒ですよ、私はこれで失礼致します」
侍女のお辞儀と父の煩い笑い声に送られその場から離れる。
自室の扉が閉まる。ここは私達だけの空間。重荷を下ろした様な解放感と疲れが私の体を支配した。
「ごめん沙名」
「紗良が謝る事じゃ無いよ」
お互いの体を抱き合う、今まで堪えて来た涙が堪えられなくなって零れ落ちる。
「今日は抱いて寝てい良い?」
「うん、良いよ」
お互いのパジャマは涙で濡れていた。それでも離れるのは怖かった。
ベットに入ってからは覚えていない。きっと私は疲れて直ぐに寝てしまったんだろう。
それを理解したのは夜中に目が覚めた後、煌々とした月を眺める沙名を見た時だった。
「月綺麗だね」
「そうだね」
私はとある事を思いついた、そうだ此処から逃げよう。それで二人遠い場所からやり直すんだ。そうだそれが良い、それ以外ないよね。
「ねえ、沙名」
「駄目だよ」
沙名は最初から分かっていた、それがどれほど危険で無謀なのかを。
「でも」
その言葉から先が言えなかった。「きっと大丈夫」「二人なら乗り越えられる」こんな言葉が紛い物なのは誰よりも分かってる。
沙名は立ち上がり私のスマホを取って見せた。そこには匿名で活動出来るボランティア団体のHPが記されていた。
「これ参加してみない?」
何で?分かんないよ。何で今になってそんな物勧めるの?現状を変える方法なんて幾らでもあるよ?どうして抱きしめてくれるの?どうしてそんなに優しいの?
「分かんないよ、どうしてこんな事になるの?」
「私も分かんないかな」
嘘だ、分かってる癖に。如何にもならないって分かってる癖に。
声を出して泣いたのは幾年ぶりだった。
あれから5日程経った。
今日は匿名ボランティアが近くに来るとの事で参加した。
大男も居れば中学生も居る。そんな集まりだが殆どが常連とのことで、事は私を含めた初心者の指示、教育と共に順調に進んだ。
「そろそろ終わりの時間かな、一度皆の所に戻ろう」
その束の間、中央で音頭を取る者が居た。その容姿は正しく高校生だった。
「皆様、お集まり頂きありがとうございます。この公園が早くも綺麗に成った事は此処に集まって下さった各々とこの町を綺麗に保っていただいたこの地の皆様によるものです。この町を綺麗にしてくださったその意思と心遣いに感謝申し上げます」
それに野次を飛ばす者、傾聴する者そのどれもが、その者への信仰の様な気味の悪さを漂わせていた。
来るんじゃなかった。そう思い帰り支度をする。
「ねえ紗良、私一目惚れしちゃったかも」
「え、まさか」
「そうあの子」
その指先と予感は直撃していた。さっきの高校生だ。
「何で?」
「分かんないけど一目惚れってそういうもんじゃないかな」
「止めなよ」
「何で?」
「何でって」
そんなの怪しいからだよ。年下だし、背低いし、芋っぽいし。言い返せる程じゃないのは分かってる、だけど何でよりにも依ってあんな奴なの?
「ちょっとトイレ行ってくる」
「うん」
さっぱりして冷静になれた様な気がする。それでもあれはどうかしないと。
「おかえり」
「ただいま、もう帰ろうか」
「そうだね」
トイレの前で待ってくれていた沙名と荷物を取りに戻る。そこにはあの高校生がメモ板片手に佇んで居た。
「えーと、何か御用で?」
「突然すみません、この紙に仮名で良いので著名してほしいのです」
怪しいのは火を見るよりも明らかだ。私の様子を観て高校生は引き下がった。
「押しかけるよう申し訳ありません、では私これで失礼させていただきます」
「ちょっと待ってー!」
制止したのは沙名だ。怪しいと疑った手前制止するのは酷だと思い声は押し留めた。
「書いても良いですか?」
「ええ、はい」
私も覗き込む色々な人の署名はローマ字や英語やカタカナが殆どだった。そして沙名はその一つを書き終えた。
「名前はタルパさんでよろしいですね?」
「はい!」
元気良く返事する沙名に対して「ありがとうございます、次会う時もよろしくお願いします」と淡泊に返した。
「所で貴方は何とお呼びすればよろしいでしょうか」
「赤星輝世です」
「良い名前ですね」
「ありがとうございます。それでは此処でお邪魔させていただきます」
「ありがとうございましたー」
沙名は終始嬉しそうにして別れに手を振る。
あんな奴の何処が良いのか分かんない。
沙名が何考えてるか分かんないよ。
紗良と沙名の夢遊行 勇者突撃型 @yuutotu
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