夢想語り
前川 等
「夢想語り」
縁側近くの窓辺で、男が横になっている。男の傍には、飲みかけの缶ビールが転がっており、日が昇るにつれ、縁側に日が差し、横になっている男の顔を照らす。
「うんー、眩しい、もう朝か。」
男は、甲斐性の無い声でそう言った。
「昨日は少し飲みすぎたなぁ。」
そう言って、気だるげな体をゆっくりと起こし、活気のない足取りで露台へ行き、ポケットに入れていた煙草を取り出した。塀に肘を付き、一階を眺めながら煙草を口元へ運び火を付け、
「すうー」
肺が、流れ込んでくる充足感で満たされていく。充足感は、体をかけ巡り、
「ふうー」
濁った息と共に吐き出した。男は思い詰めた表情でこう言った。
「いったい、いつからだっけな…。」
「いったい、いつからこんな事を考えるようになったんだ…。」
よくある、ありきたりなオフィス。都内のビルの片隅にあり、至って平凡な感じだ。窓辺には、綺麗な花が花瓶に生けてあり、ひと昔前のオフィスという雰囲気が漂っている。その窓辺の周辺で、口論が起こっていた。
「川満さん、なんで自分の案が通ってないんですか。」
上司に怒りをぶつけるように彼は言った。
「だから、それは提携先の社長が息子の案を通してほしいと言ったから、仕方ないと言ってるだろ。また、今度、案を通すから、今回は諦めてくれ。」
上司はなだめるように返事をする。そして、彼は怪訝な表情でこう言った。
「なんで、なんですか。そんな親の七光りだからで、納得する人がどこにいるんですか。」
「あのな田島、世の中には、我慢しなきゃいけない事もあるんだよ。今度案を通す機会があるなら、通すと言ってるだろ。だから、今回は大人しく手を引くんだ。時には諦めも肝心だぞ。まぁ、確かに納得はいかんし、実際、田島の案は中々良いと思うが、今回は社交辞令ってことで諦めてくれ。」
田島の心には、明確な怒りが湧き上がる。その怒りをしっかりと拳に握りしめ、握りしめた拳で力強く机を叩き、勢いに身を任せ立ちあがり、
「そんな、川満さん優秀なんですから、提携先に強く反対してくださいよ。おたくの息子の為に、大事な新規事業を潰す気ですかって。」
田島の不貞腐れながらの反抗だった。
「田島、お前の気持ちはよくわかる。毎日、遅くまで残業して抜け目のない資料まで作ってよく頑張った。今の若手の期待の星と言われるだけあるよ。でもな、人生ってのは仕事だけじゃない。ほら、田島には彼女がいるだろ。仕事にのめり込みすぎると、彼女にふられるぞ。」
田島は、不意を突かれたのか、少し間をおいて反論した。
「彼女は関係ないですよ。それに、川満さんだって、一緒に残業して資料作り手伝ってくれたじゃないですか。正直、自分は経験が浅いんで、川満さんのアドバイスがなかったら、あんな完璧な資料は作れなかったし、川満さんの事を考えると、尚更、案を通すべきです。川満さんは仕事できるのに、悔しくないんですか?」
机に肘を置き、額に手を当て、
「そうか、俺の事を思ってくれたんだな。ありがとう田島。でもな、俺は気にしてないし、大事なのは田島の経験になったって事だと思うんだよ。だから、今回は、良い社会経験だと思ってくれよ。」
川満は、そう言った。
「川満さんにそこまで言われたら、これ以上は、駄々をこねる事できないですよ。でも、川満さんの実力なら、反対しても絶対に誰も文句言えないですよ。」
田島が呆れているのか納得しているのかわからない表情で、そう言って、大人しく椅子に座った。
「んじゃ、俺は昼休憩行ってくる。今日は、ラーメンでも食うかな。田島お前も行くか? 今日は奢るぞ。」
「はぁ、川満さんはなんで、いつもそう能天気なんですか。自分は結構です。川満さん一人で行ってきてください。」
「そうか、じゃあな、休憩後にまた!」
そう言って、意気揚々と席を立って、給食前の小学生のような足取りでオフィスを出ていった。
そして、田島が天井を見ながら、感傷に浸っていると、
「田島、どうした落ち込んで。川満が何かしたのか。」
社長が熱々のコーヒーを片手に、田島に声をかけてきた。
「社長! いえ、そうじゃなくて。」
田島は、驚き急いで姿勢を直した。そして、提携先との新規事業で、自分の案が正当な理由で採用されなかった事や、川満が川満自身の優秀さを見誤っている事を社長に話した。
「そうかぁ。確かに川満は、優秀だもんな。田島の言いたい事はわかる。あいつも昔は、田島のように、期待のルーキーとして皆から信頼され実力に自信を持っていた。」
コーヒーを一杯口に運び、そう言った。
「あの川満さんがですか?」
田島が驚いた様子で聞き返す。
「あぁ、仕事一筋でとにかく人として曲がった事が大嫌いで、仕事の鬼、傑物川満なんて、言われてたくらいだからな。あの時の川満に、気軽に近づく奴は物好き扱いされてたな。丁度、このコーヒーみたいに熱々だったよ。」
田島は、目と口を開いて、少し想像してみた。
「社長、それ本当に言ってます? 想像ができないんですけど。川満さんが仕事の鬼? あんあに優しい人がありえます?」
「本当だよ。田島の知ってる川満になったのは、二十年も前のことだよ。」
コーヒーを机に置いて川満の席に座り、田島と話す。
「二十年? 川満さんって今何歳なんですか? 三十代くらいの年齢に見えますけど。」
田島が即座に聞き返す。
「あいつは今年で五十だよ。」
「へぇ?」
思わず間抜けな声が漏れた。
「凄く、若く見えます。社長、なんで川満さんは今みたいな仕事に対して熱がない感じになったんですか?」
純粋な眼差しで、田島が聞いた。
「そうだなぁ、あれは、三十年前、川満が傑物なんて呼ばれてた頃の事だった。」
社長がそう言って、川満の過去を語った。
川満は実直で、自分の実力や努力に自信を持って、常に向上心を持ち合わせて、毎日仕事に精を出していた。毎日が刺激的で、いつも疲れと共に充足感で満たされていた。その当時は、まだうちの会社は所謂ベンチャー企業で、成長盛りの真っただ中だった。日々、人手不足に悩まされていて、川満が予算や納期、人員の管理などの事務全般を担当して、それに加えて、新人などに手取り足取り教えていた。勿論、新人教育は、川満が自分でやりたいと言ってやった事だ。今は、会社の基礎固めが必要、人材の管理育成が第一だと言っていた。それから、数年して、川満がこう言ってきた。
「社長、あの大手企業鈴木グループが、うちと新規事業の提携をしたいと手紙がきました。」
「あの、鈴木グループが? 川満やるじゃないか。丁度、人手不足も解消して、何か新規事業をしたいと考えていんだ。」
「社長、これは大チャンスです。」
「あぁ、これほど運がいい事はないだろうな。よし、川満今すぐ連絡しろ。これからは前の倍以上に忙しくなるぞ。」
「はい、社長!」
それから、新規事業のプロジェクトマネージャーに川満が指名され、プロジェクトリーダーに森井という提携先の女の人が任命された。川満は、本当に事務系統の仕事やマネージャー職が天職と言えるほど、優秀であらゆる事を想定し、初めてなのに経験したかのような立ち回りであらゆる事をこなしていった。それと対を成すように、森井はリーダー(責任者)として、プロジェクトの成功を第一に考え行動していた。森井は、川満の仕事に一途な姿や、人として厳格な風格に惹かれていったんだろう。よく、二人で会っていたとか。まぁ、川満は仕事の打ち合わせ程度にしか思ってなかったんだろうな。森井はよく俺にこう愚痴ってた。
「あの人、真面目過ぎますって。もうちょっと、こっちの気持ちに気付いてもいいと思いません?」
「まぁ、仕事が好きなだろうな。」
「もう、仕事の事しか頭になくて、世間話をしてもすぐ仕事の話に戻されます。この前なんて、カフェでデートだってのに、全然、楽しそうにしてないんですよ。」
「仕事だと思ってるんじゃないんですかね。あいつはそういうヤツですよ。」
「仕事のわりに、会計を経費で落とさないで全部、自腹で払うんですよ。私も、半分出すって言ってるのに、それはいいとかいって。」
「それは、人として嫌なんじゃないかな。御飯を経費で食うのが人として許せないんじゃないか。たぶんだけどな。」
「なんか、わかるかもです。川満さんってその感じありますよね、気難しいタイプというか、それでいて、話してみるとしっかり人としての優しさがあって、夢という分野では少年のような野心家で、きっと毎日が刺激的で充実している感じしません?」
「わかるかもな、あいつは対処ではなく、いつも原因を改善したいタイプだから、優しさも原因療法になりがちなんだよな。」
「わかります。その気難しい感じがたまに、怖いんですよね。最近、プロジェクトの事で新人に怒ってたんですけど、ミスよりも人としての在り方みたいな事をベラベラ語ってました。しかも、直接関係ない私まで、注意される始末で、本当に真面目すぎますって。」
「川満らしいな、きっと初めての提携での新規事業だから気合いが入ってるんだろ。まぁ、森井さんの為を思って、動いてくれているんだと思いますよ。」
「なら、ちゃんと態度に示して欲しいです。」
「いつか、示してくれるって。」
「いったい、いつになるのやら。」
「まぁ、そう言ってやるなって、森井さんは、川満のそういう仕事に一途な所が好きなんでしょ。なら、あいつの思うようにやらせてやってくださいよ。」
「そうですけど、そうじゃないんですよ。」
それから、プロジェクトは着実に進んで、成功と言えるまで後少しの所まできた。その時だった、鈴木グループの幹部の汚職が発覚した。勿論、進めているプロジェクトは、関係がないんだが、そこで問題だったのが、ある幹部が森井に罪を擦りつけた事だった。無論、完全なでっちあげで、森井は関係なかったが、上からの圧に勝てなかったんだろうな、そのまま罪を被り、世間からは批判の嵐、人格否定は日常茶飯事、誹謗中傷が続いて、家に殺害予告までくるとか。森井は、プロジェクトを降り、新しく川満がリーダーに任命された。
「社長! どういう事ですか? こんなの理不尽すぎます。」
「俺に言われても解決できる問題じゃない。仕方ないとしか言えんだろ。」
人として曲がった事が大嫌いな川満からしたら、許されべからざる悪と言えるだろうな。鬼のような形相で、やり場のない怒りを常に胸に秘めてた。
「いったい、何の為の今までのプロジェクトだったんですか。森井さんの努力は、どこにいったんですか。森井さん、無しで何ができるっていうんですか。」
「お前の気持ちはわかる、でも仕方ないじゃないか。もう世間はそういう目で森井を見てる。」
「じゃあ、俺もこのプロジェクト降ります。」
「なんで、そうなるんだよ。」
「森井さん、無しで何になるんですか!」
怒号に近い声で言った。川満の内に秘めていた怒りが垣間見えた気がした。
「馬鹿野郎!! 何を考えてるんだよ、どアホ!」
俺は、川満の怒りに呼応するように強く怒鳴った。
「森井は、お前の為を想って、プロジェクトを降りたんじゃないのか? お前に迷惑をかけたくなくて、お前のこれからの出世に悪い影響がないように、自分から距離をとったんじゃないのか? その森井の意志をお前は踏みにじる気か、よく考えろ、森井の想いを、お前に何を託した? お前が今ここで逃げ出す事をどう思うのかよく考えろ。」
「でも、俺には…」
さっきとは違って、弱弱しい口調だった。
「お前には、なんだ? 自分にはできないですってか? 馬鹿な事言ってんじゃねぇよ。お前は、今まで自分を信じてここまでやってきたんだろ。自信に満ち溢れて、堂々と前を歩くそれが傑物と呼ばれた川満じゃないのか。今のお前を見たら、森井はどう思うか考えろ。それにな、お前だけじゃない、このプロジェクトに関わった人の事を考えて、降りたんだよ。迷惑にならないように。お前なら成功してくれると思って、託したんじゃないのか。お前は、今まで関わった人間を背負ってるんだよ。責任者ってのはそういう役職なんだよ。」
俺がそう言った後、よどんだ静寂が続いた。
「すいません。」
川満は、沈黙の末、そう言った。
「社長の言う通り、森井さんの気持ちをもっと考えるべきでした。俺、森井さんの分まで頑張ります。」
それから、川満はひたすらプロジェクトの為に働いた。着実に一歩一歩、順調にゆっくりと成功へ近づいていった。その成功への道へ進むのと同時に、新たな試練が川満を待っていた。それは、森井の精神状態がおかしくなっていった事だ。世間の批判や誹謗中傷は、着実に森井の精神をおかしくしていった。鹿威しに水が溜まり、いつか落ちるその時を待つように、着実に。プロジェクトは、成功し、なんとか無事に終わった。川満は、森井へ報告する為に森井の家へ行った。
「(コンコン) 森井さーん、いますか?」
返事がない。ドアノブをひねると鍵が開いていた。
「森井さん、入りますよ。あれ、誰もいないのかな。なんか、あそこ電気ついてるな。」
川満は風呂場へ近づく。
「森井さん、いるなら返事をしてください。」
風呂場へ入ると、そこには手首を包丁で切り、お湯に手首をつける森井がいた。
「森井さん! 何やってるんですか。」
森井の手をお湯から出し、急いで救急車を呼び、できる応急処置をして救急車を待った。
その間、ずっと川満は
「森井さん、森井さん。お願いだから死なないで、俺には貴方が必要なんだ。」
そう言って、泣いていたとか。
森井は、救急車で搬送された後、そのまましばらく入院したらしい。極度の鬱状態で、まったく生に執着していなかったそうだ。それからだな、田島の知る川満になったのは。
「そんな、森井さんは、なき罪で大罪人ほどの罰を受けなきゃいけないんですか。」
田島が泣きそうになりながら、そう言った。
「そうだな、でも当時の俺にも川満にも正義感はあっても力はない。森井の無実を証明できなかったんだよ。情けない話だよな。」
「だとしたら、自分は川満さんに本当に申し訳ない事をしました。川満さんの気持ちを考えないで、あんな事、言っちゃって。」
田島は、湧き上がる罪悪感を吐き出すように言った。
「その後、森井さんはどうなったんですか。」
「森井は、今川満の家で自宅療養をしているよ。今はまだ、寝たきりで最近ようやくまともに喋れるようになって回復してきていると言っていたよ。なぁ田島、お前に彼女を大切にしろと言ったのは、大切な物が傷ついてからじゃ遅いと言いたかったんじゃないのか。あいつなりに、田島の事を気にかけてくれたんだろうな。」
田島が目を反らし、下を見る。いつもは綺麗な床だが、今はそう思えなかった。
「(ピコピコ) ん、通知だ。川満からだ、少し遅れるそうですって。田島に、俺が帰ってくるまで、休憩でいいって伝えろってさ。」
「え、なんで。」
田島が唖然とした顔で言った。
「まぁ田島は、いつも頑張ってるからな、今日くらいは少し休め。手待ち時間で給料も出すから安心しろ。」
そう言って、社長は川満の席を立ち、冷めかけているコーヒーをぐいっと飲み干し、その場を去った。
「え、いいんですか? 社長ありがとうございます。」
田島は、そういうと疲れが溜まっていたのかすぐ机に横になり寝た。
その頃、川満は家に帰り森井に田島の話をしていた。
「森井さん、俺はどうするべきだったんですかね。後輩に、自分みたいになって欲しくなくて、つい手を引けっていったんですけど、これは正解なんですかね。」
川満が弱音を吐いた。
「らしくないですね。あの時の川満さんなら迷わず、抗議していたじゃないですか。」
森井が、窓の外の景色を見ながら言った。
「確かに、あの頃の仕事に充実感を得ていた頃の自分なら迷わず抗議していたでしょうね。でも、俺ももう年ですし、後輩に過去の自分を重ねて、嫌な記憶を思い出します。それが、やっぱり嫌で。」
「川満さんは、私との記憶を思い出したくないってこと?」
森井が皮肉混じりに言った。
「その言い方はズルいですよ。」
「ズルくない。川満さんの方がズルいじゃない。」
森井が強い口調で否定した。
「川満さんは、今も仕事ができるのに、今もあの頃と変わらず優秀なのに、なんであの頃とは違って、ちっとも熱がないんですか? 私は、働けないんですよ。なのに、私に今の甲斐性の無い川満さんを肯定しろと? 馬鹿ですか? あの頃の自分を無かったかのように言いますけど、あの頃の川満さんは凄く輝いていて、頼りがいのある人でしたよ。」
川満は唇を少し噛み、こう言った。
「でも、森井さんを助けられなかった。守れなかったじゃないですか。無力な自分を許せと言うんですか?」
森井が川満の目を見て、
「私は許してます。貴方がどう思うかは自由です。ですが、私は許してます。」
森井は、実直に想いを伝えた。
「貴方が、思っている以上に貴方は優秀です。その真価は、周りを巻き込む事にあると思います。きっと、貴方が動けば、周りは良い影響を受け、各々が自身の能力を最大限に発揮できます。だから、私は貴方にプロジェクトを託しました。そして、貴方は成功に導いたじゃないですか。」
森井は川満の手を握り、
「それに、私は川満さんに助けてもらったんですよ。あの時、私の家に成功の報告を言いに来なかったら、確実に私は死んでいました。川満さんは、私を救ったんです。助けたんです。守ってくれたんですよ。だから、気に病む事なんて何一つないですよ。」
川満は、沈黙の末、森井の手を強く握り返し、
「ありがとうございます。」
そう言った。
「ありがとうございます、森井さん。こんな自分に森井さんのような人がいてくれてよかった。俺は、自分を許します。」
森井は、手を離し
「じゃあ、川満さんが今しなきゃいない事があるでしょ。」
「いってらっしゃい。」
そう笑顔で森井は見送った。
「はい、いってきます。」
そう言って、川満は家を出た。
会社に戻って、机で寝ている田島の所へ足を進める。
「田島、起きろ。 もう定時すぎているぞ。」
「うーん、あぁ、川満さん。」
寝起きの声でそう言った。少し背を伸ばして肩を回した。
「お帰りです。だいぶ遅かったですね、何してたんですか?」
田島が目を擦りながらそう呟く。
「まぁ、色々あってな、遅くなった。」
田島が目を覚ましたのを確認し、
「そういえば、新規事業の話があるだろう。」
「あぁ、もう大丈夫ですよ。納得したんで。なんか、すいません。川満さんの気持ちを考えないで、自分の意見ばっかり押し付けてしまって。」
田島は、ペコペコしながら川満の様子を伺う。
「そうじゃない。 田島の案が通ったぞ。」
「へぇ?」
田島は何を言ったのか理解できなかった様子だった。
「何、間抜けな事を言ってんだ田島。もっと喜べよ。」
「いや、だって、提携先の社長の息子は?」
「あぁ、あれは俺が黙らしてきた。厳しかったが、なんとかしてきた。」
田島は、案が通った嬉しさよりも、一つの疑問の方が大きかった。
「なんで、急に抗議しようと思ったんですか?」
「まぁ、昔の自分を見ているようで久ぶりに熱が戻ったて言うかな。とりあえず、勝ち取ってきた。」
「川満さん、そんな事して大丈夫なんですか。」
「大丈夫なわけないだろ。田島、これからは今以上に忙しくなるぞ。覚悟しろよ。」
田島は、やっと嬉しさを感じた。
「はい、覚悟して川満さんについていきます!」
田島の目は物凄く輝いていた。
「よし、今日は俺の奢りでこのまま焼き肉だ。田島、いっぱい食えよ。」
「はい、任せてください。昼から何も食べてないんで、いっぱいごちそうになります。」
川満は、嬉しくなり田島に、おっさん特有のダル絡みをした。
「田島、こう見えてもな、俺は昔、仕事の鬼とか傑物川満って言われてたんだよ。あの頃はまだ俺も若くてな…。」
田島もテンションを合わせ、
「いよ、天下の大将軍!」
「田島、おだてるのがうまいな。」
「よし、仕事をする上で大切な事を教えてやる。いいか…。」
川満は、またあの頃の飽きる事のない充実感で満たされていた。
「いったい、いつからだ。」
「仕事で得られる充実を感じれるようになったのは。」
「いったい、いつからこんな事を考えるようになったんだ。」
「そうか、いつだって俺の理想はいつもそこにあったんだ。」
(トントン×2)
扉を叩く音がした。母親が玄関に行き外に出た、お隣さんが回覧版を持ってきていた。
「川満さん、はいこれ回覧板。」
「いつも、ありがとうございます。」
「そういえば、息子さん職は見つかりました?」
母は、食い気味にこう言った。
「恥ずかしい事に、まだ決まってないんです。」
「もう五十になるのに、まだ一回も職についた事がないなんて大丈夫ですか?」
「心配、ありがとうございます。いつも、声をかけるんですけど無反応で。」
また、その話をしている。
(せめてこっちに聞こえないように会話してくれればいいものを。)
「別に、いいんだよ。」
「いつだって、俺の理想はいつも夢にあるんだから。」
そう言って、いつものように日が昇り落ちるまで、また夢を見るのであった。
夢想語り 前川 等 @kawaman_holdings
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