第5話

 いよいよこの日がやって来てしまった…

 土日を終えた後にやって来るこの日、社会人なら誰もが憂鬱に感じるであろう日が…!

 そう、月曜日が来てしまったのだ。


「はぁぁぁ…ついに来ちゃったか…」


 休み明けの仕事はいつもの3割増しで憂鬱だ。というか日曜日の夕方にはもう憂鬱になってたりする。

 しかも何が嫌かって、家に雷菜らいなさん1人残していくことだ。


「絶対ロクな事にならんよな…」

「何がですか?」

「うおっ!お、おはよう」

「おはようございます。なんでスーツなんですか?」

「仕事に行くからだよ…心底嫌だけどね」

「…行っちゃうんですか…?」

「悲しそうな顔してるけど、多分ご飯作る人が居ないとかそう言う理由だよね」

「チッ…バレてましたか…」


 あざとい顔で行かないでと訴えてくるが、残念ながらその選択肢は無い。というか働かないとキミのご飯も用意できないんだけど?

 膨れっ面な雷菜さんを無視して、僕はそそくさと出勤の準備を終わらせた。


「それじゃあ僕は行ってくるから」

「待ってください、忘れ物をしてますよ?」

「えっ?何も忘れ物なんてしてないけど…」


 僕が荷物を確認しようとした瞬間、雷菜さんの唇が僕の頬に触れた。ほんの一瞬の感覚だったが、何が起きたのかを理解するには十分すぎる時間だった。


「ら、雷菜さん!?」

「行ってらっしゃいのチューと言うヤツです。ちなみにお帰りなさいバージョンも用意してるので早く帰ってきてくださいね」

「ぁ…う、うん…じゃあ…行ってきます…」


 不意打ちのキスを貰い、惚けた頭のまま家を出る。

 元カノはこんなことにしてくれなかったな…

 そんな風に考えながら、僕は職場に向けて自転車を走らせた。



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 僕が勤めているのは『沢北部品制作所』という会社で、主に機械部品の販売、製造を行っている会社だ。

 大手企業の下請けを主な売上にしてる小さな会社だし、特別誇れるようなものは無い。強いて言うなら給料が少しだけ良いくらいだ。


「あ、おはようございます!矢崎やさき先輩!」


 出社すると、後輩の上城かみしろ 慎二しんじ君が駆け寄ってきた。彼が入社した時から僕が面倒を見ており、付き合いはそれなりに長い。


「おはよう慎二君。土日は休めた?」

「もちろんっす!家でゲームして…ゲームして…ゲームしてました!」

「あははっ。キミがそんなに没頭してたゲームなら、僕も今度やってみようかな」

「ホントですか?先輩も一緒にマルチやりましょうよ!絶対ハマりますって!」

「良いね。考えておくよ」


 合流した慎二君から休日の話を聞きつつ、職場のオフィスに入る。営業担当の人たちは既に出払っており、室内にはイライラした表情の男性が居た。


「おはようございます課長。何かあったんですか?」

「…あぁ、矢崎やさきと上城か。実は本社の方から面倒な話が来ていてな…頭を抱えていたところだ」


 彼は僕の上司である坂口さかぐち 史人ふみひとさんだ。いつも部下の要望と上からの無茶振りの板挟みになりながらも、僕達を纏めてくれている苦労人だ。


「面倒な話?クレーム対応なら僕がしますよ」

「クレームの方が楽だったが、違うんだ。どうやら親会社の社長が身内と連絡が取れなくなったらしい」

「えっ、それって…業務と関係あるっすか?」

「いいや何も無いな。業務どこらか会社と関係すらない、社長の身内ってだけだ。そいつと連絡が取れなくなったから見つけ次第教えろと、朝から電話続きでな。ウンザリしていた所だ…」


 本社からの鬼電が原因で、史人さんの機嫌が悪かったらしい。助けられるのなら手を貸したいが、探し人の顔すら知らない僕にはどうすることもできない。


「まぁいい、こっちは俺が対処しておく。矢崎は顧客への回答と商品評価を頼む。上城は午後の会議の準備、それが終わったら矢崎の援護に回れ」

「「ラジャー!」」

「そのくだらない返事は何なんだ…全く…」



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 あっという間に1日の業務が終わり、僕は帰路に着いた。一日中会社に篭もり、ひたすら客と工場との間を取り持つのは、やり甲斐こそあれど疲れないわけが無い。

 僕は家に向けて自転車を走らせながら、ぼんやりと雷菜さんのことを考えていた。


(お昼ご飯…ちゃんと食べたかな?)


 もしかしたら家で倒れているかもしれない。そんな風に考えてしまうのは、僕が過保護だからだろうか。

 彼女だって子供じゃない。考えすぎるのも失礼というものだ。まぁ子供にしか思えない言動とかが原因なんだけどね…


「それにしても今日は何か疲れたな…」


 午前中は不備が見つかった商品についての対応、午後からは本社の役員が来て大騒ぎと、月曜日から慌ただしい1日だった。これは帰ってご飯を作る体力が残ってるか、少し怪しくなってきたぞ…


 疲れた体に鞭を打ち、何とか家に帰ってくる。ドア周辺におかしなところは見当たらない。というか、人がいる気配がしないんだけど…


「ただい…まっ!?」


 帰宅した僕を待っていたのは、大の字になって倒れている雷菜さんの姿だった。

 彼女は僕が帰ってきた事に気付くと、ヨロヨロも覚束無い足取りで近付いてきた。


「…あぁ…お帰り…なさい…ガクッ」

「ら、雷菜さん!何があったんですか!?」

「お腹が…空きました…」

「は?」


 僕が不在の間に何があったのか、彼女はゆっくりと話し始めるのだった…

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